カテゴリ:成功事例( 25 )
file 707 エクスポージャー(曝露法)強迫観念と回避行動のための
file 707 エクスポージャー(曝露法)強迫観念と回避行動のための

 先日、自分のスマホ買い換えに伴い、苛立ちが生じました。自分の傾向として、家電を買うと、他と比較したり、有効活用したりすることで、自分が買ったことが正しかったことを確認したくなる衝動に負けて、一月ぐらい、スマホ依存のようになっていました。いつも毎月1ギガも使わないスマホのデータを、8ギガも使っていました。

 他の人から見たらたいしたことのない、①お得に使わなくてはならない、自分は正しい買い物をすべきであるという、独特の考え方を、「強迫観念」とよび、②データ量をことさらに頑張って、8ギガ使うための苦痛に満ちた行為を「回避行動」と呼びます。

 私の、強迫観念は、完璧(完全)主義と呼ばれる態度に基づき、その背後には、そうでなくてはならないという批判と、恐怖があります。

 そのような場合、どうしたら、②回避行動を中止することができるでしょうか?

一つは、自分がやっていることが苦痛(目の疲れも含め)であることに気づくこと。
もう一つは、それをやめられないのは、回避行動であることを知ることです。

そうしたら、紙と鉛筆と時計を用意して、曝露法を始めます。

いつおなじように、すまほをいじりたくなるような環境を作り、衝動を感じます。

 その時、「スマホに触っていること」が回避行動ですから、触らずに、おいておきます。(不作為の努力)
 その代わり、時間(12:15)と、自分の「不安を点数(90点)にします」そして、そのまま不快感を味わい尽くします。(積極的な混乱を引き起こす努力)
 最初の段階では、強い不快感と、回避行動への衝動を感じるのがうまくいっている証拠です。あまり不快感を感じないようでしたら、回避行動をしている可能性があるので、意識的に衝動を焚きつけ、混乱を最大限にするように、意識的に努力します。(逆説的な努力、もっと混乱を!)

----------------

 そして、その時の思考を、時間軸に沿って、書いていきます。

12:00 80点 どうしてこんな苦行をしなくてはならないんだ。
12:01 90点 触った他方が、いいんだ、お得なんだ。
12:02 95点 もっと混乱と、生々しい恐怖を感じるにはどうしたらいいだろうか?
12:05 85点 肩が凝っている。目が疲れている。

12:07 80 からだがざわつく 。 少しでも多くのデータを使うことが、お得なんだ、買ったことの意義なんだ。
12:10 70点  自分は間違っていないはずだ。
12:12 60点 なんか眠気が出てきた。 不安なのに、何で眠気が強いのだろう?

12:15 30  お腹が減ってきた、眠気も強い。 当初感じていた、スマホを触らずにいられないいつもの気分はなんだったのだろう?こんな疲れているなら、休んだ方がいい。もおどおでもいいや!

12:17 15 終了



--------------

1ヶ月苦しみ続けたものに気づいて、曝露法をやったら15分で、気分が以前の機種と同じように扱えるようになりました。
独特の考え方を人は誰しも持っていますが、自分を苦しめるような、やっかいな行動につながるものは、本能レベルで

〈増補改訂 第2版〉いやな気分よ、さようなら―自分で学ぶ「抑うつ」克服法

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by nichinichiso | 2015-10-01 13:12 | 成功事例
file694 本当に、認知は歪んでいたのでしょうか?
file694 本当に、認知は歪んでいたのでしょうか?

「認知の歪み」という言葉は、認知行動療法の本では良く出てきます。 認知的エラーとか、認知バイアスなどとも呼ばれます。

認知療法(認知行動療法)を進めていくと、いろいろ発見があります。
私が自分のために、好んで使う技法はいくつかあります。

1 大野先生の、コラム法(こころのスキルアップトレーニング参照)
2 暗黙の仮定を知るための下向き矢印法。
3 ものごとを、私がそう考えることの「メリットデメリット分析」
4 不安のための「隠された感情技法」
5 ダブルカラム法(自己否定VS自己擁護)
6 満足度調査


そういうことをやってみてバーンズ博士の本で言われる10の認知の歪みなるものが使われないことはまず無いです。


しかし、最近よく思うのは、本当に「すべき思考」は不要のものだったのだろうか「罪悪感」は持つべきでは無かったのか?
マイナス化思考、感情的決めつけ・全か無の思考、拡大解釈、結論の飛躍などなどは持つ必要が無かったのだろうか?本当にメリットの無いものなのだろうか?と考えることもあります。


 なぜなら、ある短期間であれば、「やるべき」だと思うことが、パフォーマンスを上げる動機を強めるからです。
 また、完璧であることを大切にすると、短期的には、心地よかったりします。モチベーションを高めますし、細かいところまで意識を配れます。
 感情的に決めつけることで、将来起こるかも知れない危険を回避できるかも知れません。
 人生をマイナス化思考で覆うことで、自分が「目立たない存在」でいられるかも知れないと思うのです。または、良いことを求めて、飽くなきチャレンジャーになる動機になるようにも思えます。


 そう考えれば、10の認知の歪みが、現在は自分を苦しめているとしても、これほど「自分を高めようと努力する動機付けを持たせる考え方」もなかなか無いとも思えます。


気分障害なり、不安障害というのは、思考に障害があるとも言えますが、それは、実は、環境をより良くしたい、より自分を高めたい、他人にもよかれと思って身につけた、実際的な考え方とも言えるのではないかと思うことも多いです。

 そう考えると、結局、人間はすごいものだと、思うことが多いのです。より良くしたい、自分を大切に、環境を大切に、他人を大切に、調和を大切に、しようとしたことで、皮肉にも、自分が苦しんでいるだけなのです。
 よって、結局、何かの役に立つことを自分なりにやることにはとても長けている存在ですから、自分を癒やすことにもきっと長けているのではないかと思うのです。(重要)

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by nichinichiso | 2015-05-24 16:21 | 成功事例
file683 なぜ、少しもできないのか?
file683 なぜ、少しもできないのか?

病気になると、些細なことができなくなります。
実際には、できることが多くあるのですが、やることを決められない、という表現が、適切かと思います。

料理でもしてみよう、節約になるから、とアイデアがわきます。なにを作ったらいいのか、ネットやレシピの山の中を、読んでいるうちに、嫌気がさし、結局なにもできず、疲れと無力感に圧倒されます。

これは、典型的なパターンです。

その場合、一番の問題は、自分なりにうまくやろう、と思いすぎることです。

大切なのは、作っちゃうことです。食べてお腹を壊さない程度のものを、作り上るだけに専念します。

人は、いいものを作れば、満足感が、比例して高くなると、信じています。
それも事実ですが、およそまずいものを作った場合でも、実はレシピで無力感を味わうよりは、はるかに満足できます。
また、その、不味さは、話のネタになります。

料理のまねごとでも、フライパンを振るのは、たのしいとか感じるかもしれません。

冷蔵庫の、中にあるものを、二種類だして、火にかけるだけで、なにができるでしょうか?

納豆と、牛乳しかなかったので、それをフライパンで炒め、塩コショウで味を調える努力をしまして。そして、とりあえず、皿に盛り、一口たべてみました。

まずいです。残念ながら、棄てました。

しかし、10分でできました。しかし思って以上に楽しい10分でした。
 おすすめです。
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by nichinichiso | 2015-04-25 12:48 | 成功事例
file667 褒美・挑戦・下見という、3点を目的とする
file667 褒美・挑戦・下見という、3点を目的とする


 元気になってくると、活動範囲が広がりやすくなりますし、それだけ、情報量も増え、新たな段階なりの、悩みや不安、うつを引き起こす葛藤、認知の歪みを正すべき状態が生じます。

 認知行動療法では、何をしたいのか、何が目標なのかに、立ち返ることで、自分の思考や行動の方向性を、より現実的(自己利益的)に変えていくことが多いです。

 そして、その「目標」と思考と行動がずれると、違和感が生じてくることがわかるようになります。

 例えば、私の場合、旅行に行くことは、一つの大きな楽しみであり、自分へのご褒美でもあります。
 また、その旅行は、いつも新しいチャレンジ(挑戦)を含ませています。(季節を変えたり、行く相手を変えたり・一人で行ったり)
 さらに、その旅行には、次の地分の旅行(余暇)を充実させるための下調べ、下見的な目的も含んでいます。

 そうなると、3つの 要素を柱として、「旅行に行く」という課題を設定します。
 これは、基本的に、自分を健康にし、オンとオフのメリハリをつけ、ストレスを解消したり、人生をうつ病であっても楽しむための、戦略です。

 ところが、1月以上前に予約して(これ自体、1年前に比べたら、予期不安という点ではものすごく進歩しているんですが)いざ、いろんな準備や、いつもの日常活動が重なってくると、慌ててしまったり、不安になったり、神経過敏になったりしてきます。
 そういうときに、 3つの目標のどれかを見落としていないかを、確認します。

 大抵、この旅行は頑張った自分への「褒美」として、行くという観点が抜け落ちていることが自分の場合多いです(こういうのを、認知バイアス)とも言います。

 
 そうすると、無料で付いてくるOPのレンタカーを運転するのが面倒である→では、その権利は放棄して、バスでホテルまで移動します。という決断が素早く、迷い無く出来て、気持ちも安心します。(ほっとします)
また、海に潜りたいからシュノーケルセットを買っていった方がいいのではないか?でも、忙しくて面倒である。5000円くらいする。→だったら、行ってみて、あれば、レンタルとか、変えればその場で買って潜ればいいよ。だめなら、別の楽しみ方をすればいい。大切なのは、ノンビリ、癒やしを得て、満たされることであるとわかります。

 しかし、この「褒美」という目的を見失っていると、このたびは、「自分への挑戦」であり、「次回への下見」であるから、何とか、「レンタカーも使い切るべきだ、それの方がお得だ、旅行のプロになるには、レンタカーぐらい乗れなければなぬ」という気持ちを変えることが出来ません。頭では、「レンタカーに乗らない選択肢もあるのだが、どうしても、決められない」という葛藤状態に陥り、消耗します。
へとへとで、急に不安障害が再発したような気持ちに数日間なります。


 その時に「ああ、この旅は、頑張った自分への褒美だ」 褒美を味わうのに、より厳しい環境、より節約を限界までする頭の使い方、方法をとることが得策だろうか?確かに、無料でレンタカーは着いてくるが、気が乗らないのなら、別にお金払ってバスでホテルまで行けばいいだろう。それが、自分に最も負荷が少ないなら、それを味わう資格が自分には十分ある。
そう思えば、簡単に、レンタカーを放棄することもできます。

 もちろん、行きたいところに、気軽にいけなくなるというデメリットもありますが、その点については、すでに予約時点から、対処してあるので、実は大丈夫なんです。

 1つのプランには複数の目標が重なっていることが多くあります。それは自覚無自覚ともに何かしらの理由があります。
 それを自覚できていることが、非常に自分を助けることになると、よく思うことがあります。

 言い換えれば、目標を見失っていると、当該プランを遂行するに当たって、不快な状態、不快な気分、緊張葛藤、不安、そして抑うつが出てきます。

 それは、コップ一つあらうのであってそうですし、葉書を1枚出すだけでもそうです。また、近場の休日の散歩でもそうだし、小旅行でも、中旅行でも、海外旅行でも、そして、仕事でもそうだと思うのです。

 上記3つは、今回の旅行についての、目標です。

 どんなことでも、多重の目標を持っていることを意識できることは、より明確に、自動思考に反論するために、非常に有意義な視点を与えてくれます。

 なぜ自分は、レンタカーがめんどくさいが、バスにするのもためらわれるという葛藤を生じさせるのか、3つあるうちの、「褒美であるから、楽に過ごす旅である」という目標を、失念しているからです。という明確な理由がわかると、葛藤はその場で氷解し、瞬間的に、身体反応として「安堵」が訪れます。 
 これは、大変、心地よい瞬間です。認知行動療法的発想の、醍醐味とも言えます。
〈増補改訂 第2版〉いやな気分よ、さようなら―自分で学ぶ「抑うつ」克服法
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by nichinichiso | 2015-04-08 19:18 | 成功事例
file659 カレーのルウを変えるだけでも進歩です(完璧主義)
file659 カレーのルウを変えるだけでも進歩です(完璧主義)

 料理なりが、少しずつ生活の中で出来るようになるには、まず、作るのが簡単であること、そのものが売っている場所を、具体的に知ることが必要です。

 それを1日で出来る人は、1日で行うのがよろしいかと思います。
 そこまでたどり着くのに、1週間から数ヶ月かかる場合もあると思います。
 ついに、カレーを作ることが出来た。! という、簡単な目標を、上記ステップを踏み、作れたときの気持ちは、爽快でした。
 そして、翌日は、シチューを作りたくなり、その翌日は、豚の角煮を作りたくなり、そして、10日後には八宝菜を作り、疲れ果てて、うつ状態になりました。
 そこで思ったのは、俺は、料理すら作ることが出来ない。のだ。
 結局、一時的な高揚感で、作れただけで、継続力がない、それでは、意味がないと思ったものです。(数年前)

 今回は、CBTを学んでから、やっと再度カレーのルウの裏に書いてあるレシピを見て、その場で食材を買い、簡単に、ある日作ってみました。(凝らないことが大切です。切る野菜も、にんじんと、タマネギのみ)(なんなら、タマネギと、肉だけでも十分です)

 ここで、問題です。
 
 Q1
 それを数日かけて食べた後、次の料理をどうするかを考えたとき、どうしますか?


 私の答え:

 もう一度、同じルウで、同じ食材で、同じものを作ります。 (全く、工夫を凝らさないようにします)

 そうすることで、以前との自分の状態や、考え方、感じ方の違いを知ることが出来ます。
 自分は、同じものでも、二回目は、やや楽に作れるなあと思いました。(二回目は、初回より楽に出来ることがある)


それをまた数日かけて食べました。
そこで問題です。

Q2 その後、次の料理はどうしますか?

 私の答え: ルウを、「こくまろ」から「ハウス・ザ・カリー」に変えて、ほぼ同じものを作ってみます。


 こうすることで、ルウの値段の違いや、ルウ自体の違いで、どう違うのかがわかったりします。そして、ほぼ3回目の作業ですが、ルウが違うという、工夫とも言えない、わずかな変化を与えることで、満足感がある程度でます。



これは、一例ですが、生活上における「料理」「食事」というものについて、毎日、違うものを、作れるのが有能だ、手早く、作れることが大切だと思いすぎると、苦しくなります。

 病気であることは、通常の時に比べて、非常に、疲れやすくなっていて、かつ、失敗に敏感です。
 実は、失敗自体は、チャンスとも言えるのですが、そう認知が働かせられない場合は、生かし切れないので、苦痛だけが残ってしまいます。

 試験に失敗したからといって、人生が終わるわけではありませんが、終わると思う人も世の中に入るわけです。(私の例ですが)


 結局、カレーの翌日は、野菜炒め、そして、シチュー、そして、豚の角煮、気の利いたサラダ、そして一から八宝菜(相当手間です)を作るよりは、些細ではありますが、同じようなカレーを、作ることに、意義がある場合もあるのです。

 前者をとるか、後者にするかは、その人の状態によると思います。
 軽々出来ることを、少し変えて繰り返す(ルウの変更であっても)ことは、意識的に行えば、実は、大きな進歩と、応用の利く、基礎体験につながるのではないでしょうか?

 もちろん、欠点は、たびたびカレーを食べなくてはならないことです。 しかし、捨てちゃってもいいんです。 食べたくなくなったら。 三食のバランスが、、、と考えるのは、「正常」です。その場合は、夕食だけ、カレーにすればいいのです。

 毎日夜カレーはちょっと、と思う場合は、適度に間隔を開ければいいのです。
 そして、低血糖症だから、米は食べられないので…。という場合は、別の料理でやるのがいいのです。


 私の感想では、ある程度出来るようになると、毎日異なる買ってきた弁当を食べるより、毎日同じカレーでも、自分で作ったものを食べることの方が、満足できることが多いです。栄養のバランスはもちろん大切です。しかし、神経を張り詰めて総菜で栄養のバランスを整えようと努力するよりは、一日の中で、料理という「生きる上で意味のありそうな」行為に携わることは、自分に優しいと思うことが多いです。


 これは、価値観ですから、何が自分の癒やしになるのかはそれぞれですが、自分のためになることでも、やり過ぎると、せっかくのいいものを見失ってしまうと言うことを、避けることが大切だという、私の提案です。


 


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by nichinichiso | 2015-03-24 18:21 | 成功事例
file659 カレーのルウを変えるだけでも進歩です(完璧主義)
file659 カレーのルウを変えるだけでも進歩です(完璧主義)

 料理なりが、少しずつ生活の中で出来るようになるには、まず、作るのが簡単であること、そのものが売っている場所を、具体的に知ることが必要です。

 それを1日で出来る人は、1日で行うのがよろしいかと思います。
 そこまでたどり着くのに、1週間から数ヶ月かかる場合もあると思います。
 ついに、カレーを作ることが出来た。! という、簡単な目標を、上記ステップを踏み、作れたときの気持ちは、爽快でした。
 そして、翌日は、シチューを作りたくなり、その翌日は、豚の角煮を作りたくなり、そして、10日後には八宝菜を作り、疲れ果てて、うつ状態になりました。
 そこで思ったのは、俺は、料理すら作ることが出来ない。のだ。
 結局、一時的な高揚感で、作れただけで、継続力がない、それでは、意味がないと思ったものです。(数年前)

 今回は、CBTを学んでから、やっと再度カレーのルウの裏に書いてあるレシピを見て、その場で食材を買い、簡単に、ある日作ってみました。(凝らないことが大切です。切る野菜も、にんじんと、タマネギのみ)(なんなら、タマネギと、肉だけでも十分です)

 ここで、問題です。
 
 Q1
 それを数日かけて食べた後、次の料理をどうするかを考えたとき、どうしますか?


 私の答え:

 もう一度、同じルウで、同じ食材で、同じものを作ります。 (全く、工夫を凝らさないようにします)

 そうすることで、以前との自分の状態や、考え方、感じ方の違いを知ることが出来ます。
 自分は、同じものでも、二回目は、やや楽に作れるなあと思いました。(二回目は、初回より楽に出来ることがある)


それをまた数日かけて食べました。
そこで問題です。

Q2 その後、次の料理はどうしますか?

 私の答え: ルウを、「こくまろ」から「ハウス・ザ・カリー」に変えて、ほぼ同じものを作ってみます。


 こうすることで、ルウの値段の違いや、ルウ自体の違いで、どう違うのかがわかったりします。そして、ほぼ3回目の作業ですが、ルウが違うという、工夫とも言えない、わずかな変化を与えることで、満足感がある程度でます。



これは、一例ですが、生活上における「料理」「食事」というものについて、毎日、違うものを、作れるのが有能だ、手早く、作れることが大切だと思いすぎると、苦しくなります。

 病気であることは、通常の時に比べて、非常に、疲れやすくなっていて、かつ、失敗に敏感です。
 実は、失敗自体は、チャンスとも言えるのですが、そう認知が働かせられない場合は、生かし切れないので、苦痛だけが残ってしまいます。

 試験に失敗したからといって、人生が終わるわけではありませんが、終わると思う人も世の中に入るわけです。(私の例ですが)


 結局、カレーの翌日は、野菜炒め、そして、シチュー、そして、豚の角煮、気の利いたサラダ、そして一から八宝菜(相当手間です)を作るよりは、些細ではありますが、同じようなカレーを、作ることに、意義がある場合もあるのです。

 前者をとるか、後者にするかは、その人の状態によると思います。
 軽々出来ることを、少し変えて繰り返す(ルウの変更であっても)ことは、意識的に行えば、実は、大きな進歩と、応用の利く、基礎体験につながるのではないでしょうか?

 もちろん、欠点は、たびたびカレーを食べなくてはならないことです。 しかし、捨てちゃってもいいんです。 食べたくなくなったら。 三食のバランスが、、、と考えるのは、「正常」です。その場合は、夕食だけ、カレーにすればいいのです。

 毎日夜カレーはちょっと、と思う場合は、適度に間隔を開ければいいのです。
 そして、低血糖症だから、米は食べられないので…。という場合は、別の料理でやるのがいいのです。


 私の感想では、ある程度出来るようになると、毎日異なる買ってきた弁当を食べるより、毎日同じカレーでも、自分で作ったものを食べることの方が、満足できることが多いです。栄養のバランスはもちろん大切です。しかし、神経を張り詰めて総菜で栄養のバランスを整えようと努力するよりは、一日の中で、料理という「生きる上で意味のありそうな」行為に携わることは、自分に優しいと思うことが多いです。


 これは、価値観ですから、何が自分の癒やしになるのかはそれぞれですが、自分のためになることでも、やり過ぎると、せっかくのいいものを見失ってしまうと言うことを、避けることが大切だという、私の提案です。


 


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by nichinichiso | 2015-03-24 18:21 | 成功事例
file631 数取器(カウンター)で、思考の数を取る

file631 数取器(カウンター)で、思考の数を取る

 「いやな気分よさようなら」では、「腕につけるカウンター」を利用して、一日、どれくらい『すべき思考』を持ったか、そして、その数が多いほど報酬をアップさせるという、目を疑うような方法が紹介されています。【罪悪感の章】

 これは、手を出していなかったのですが、やってみました。

このようなものを、アマゾンで買ってみました。すごく軽いです。ポケットに入れたりして、負担なく、持ち歩くこともできました。

アーテック 小型数取器 93430


正直、ばかばかしいと思っていました、しかし、とりあえず、買ってみなくては始まらないし(←とても重要)、高価なものでもない、さらに、軽いものということで、思い切って、1個だけ買ってみました。

 紙や、ポストイットに、思いつくたびに、ペンで『正の字』を書き込もうとしたことがあったのですが、面倒でやれませんでした。
 この、数取器(カウンター)この言葉、自体初めて学びましたが、とても便利です。
 自分が『すべき』または、『すべきではない』ということを考えた!と気づいたら、すぐボタンを押します、厳密ではなく、適当に、風呂場で思ったら、入浴後、3回とか2回とか後からボタンを押したりします。
 そうして、毎日1週間ほど、『すべき思考』について、計測していくと、なんかおもしろくなってきます。おもしろさは2日目で生じ、だんだん、すべき思考が「待ち遠しくなります」(笑)。
 「すべき思考は、罪悪感への」必ず通る道とは、同著の中の名言ですが、実際、そう感じます。
 
 この数取器、もちろん、「すべき思考だけをはかるものではありません」。何を計ってもいいのです。本の中では、「自分ができたこと、を計測していくことも進められています」 コップを洗ったら1プッシュ、テーブルを拭いたら1プッシュ、ゲームをやったら押して、思い切って途中でやめられたら、また押して、散歩に出たら、また押して、月を見上げて感動したら、またその自分を尊重して、3回ほど押し、ブログを書いたら1回押す。
 
 言葉では、あらわせられない、不思議な感じがします。監視しているというわけではなく、あえていうなら、「自分の思考、感情、行動に対しての気づき」を強力に促進させる、気軽な「遊び」という感じでしょうか?

 そして、「すべき思考」でも、「完璧主義的な思考」でも、自分が狙ったターゲットを数え終えたら、その数が多いほど、報酬をしっかり用意しておくことが大切です。 
 すべき思考が、今日はかなり多かったので、○○を得る権利がある、今日は完璧主義が150だったので、かなりすごい報酬がもらえる権利がある、というふうにします。
 「自己コントロール力が自分にないからこうなっちゃうんだ」、酒飲んじゃうんだ、コーヒー飲んじゃうんだ、たばこ吸っちゃうんだ、、という、「謎の暗示」を解体することに役立つといいと思います。  



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by nichinichiso | 2015-01-18 17:16 | 成功事例
file504 栄養療法を実践し、パキシルを中止できた(親族の体験談)
file504 栄養療法を実践し、パキシルを中止できた(親族の体験談)。

私の生まれ育った家庭には、自分と親兄弟だけを見ても20年ほどの間に、うつ病1人・不登校+家庭内暴力1人・不登校+引きこもり1人・アル中気味な人1人と、心の問題を抱える人が多いことを、かなり前に報告したことがあります。記事はこちら→051213記事file319 コラム 血縁親類を知るhttp://nichinici.exblog.jp/2176115

中学・高校時代に不登校+家庭内暴力を繰り返していた親族(20歳台・女性)は現在でも、情緒的にかなり不安定になる時期があり、パキシルを飲んでいました。

私が、栄養療法の書籍を届け・病院を教えたところたところ、すぐに興味を持って、血液検査を受けに行きました。

血液検査を受け、栄養解析をしてもらい、サプリメントを利用し、病院指導のとおりに食事の内容を大きく変えたようです。

ちなみに、同親族は、フェリチンが極めて低く、ほとんど鉄の貯蔵がないといわれたようです。さらに、筋肉量が少なすぎるとのことでした。さらに、ビタミンB の不足、軽度のコレステロール不足・十度の総蛋白量の低下が見られたようです。

また、食生活も、野菜等は好んで食べていたが肉類、卵類は積極的には食べていなかったようです。(ダイエット目的なのかもしれませんが)
それを、白米・パン・お菓子類をやめて、高たんぱく(肉・卵・豆など)+高いビタミン・ミネラル・食物繊維(野菜)の生活に切り替えたようです。

同親族は、2月ほど前まで、パキシルを20mg飲んでいましたが、飲んでも良くならないし、むしろふらつき感のような異常な感覚があり、飲むのを嫌だといっていました。

上記の、栄養指導を受けてから、1ヶ月ほどその方法に従っていました。

結局、それから1週間ほどパキシルの離脱症状(あらかじめ、私の話を伝えておきました(記事はこちら→file462 パキシルを減らすときに、苦痛を伴うhttp://nichinici.exblog.jp/5679481/)を我慢して、結局パキシルを飲まなくても、なんら問題ない状態になったとのことです。もちろん、現在も、栄養療法は継続中です(2ヶ月目)。
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by nichinichiso | 2008-01-08 12:13 | 成功事例
file502 夜間に目が覚めたときの摂食(体験談)
file502 夜間に目が覚めたときの摂食(体験談)

血糖値が夜間に下がると、目が覚めます。目が覚め、トイレに行った後、心臓がドキドキして眠れない、イライラして眠れないということが、私の場合にあります。特に、体調が悪いときには、そのようなことが増えます。

私の場合、とにかくあせらずに、「血糖値が低下して、それを上昇させようとして、血糖上昇のためにホルモンや、交感神経の亢進が生じている」と解釈し、食物を摂取するようにしています。

そのときに食べているのは、

1 プロテイン
2 ヨーグルト 
3 温めた牛乳 (コップ半分位)

です。

-----------------
以前、寝つきが悪いときに、何を食べたらいいかという質問を、栄養療法を行っている病院にしたことがあり、そのときには、やはり、プロテイン・ヨーグルト・温めた牛乳を指導されました。

これは、寝る前の話なのですが、寝てから、夜間目が覚める(中途覚醒)じにも、利用できると思いました。

本来、睡眠中に、何か食べるのは、好ましくないのかもしれませんが、睡眠中に血糖値低下が起きるような糖代謝状態ではやむをえないと考えます。

一番食べていけないのは、砂糖が含まれているもの(菓子類)・スナック菓子だと思います。また、ナッツなども消化が悪いので避けたほうがいいです。

-----------------

食物摂取後も、心臓がドキドキしたり、イライラしたりしてすぐに寝付けるわけではないのですが、慌てずに布団の中で横になっていると、そのうちドキドキが収まりつつ、寝入ってしまいます。

ちなみに、以前、夜間にかりんとうや、ポテトチップスを無性に食べたくなって目が覚めて、バリバリ食べていた時期(3-4ヶ月位)がありました。また、寝汗がものすごい時期(ここ数年来の冬)もありました。この時にも、血糖値が急激に低下していたのではないかと今では推測しています。
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by nichinichiso | 2008-01-02 09:17 | 成功事例
file 476 入浴後に体を冷やさない
file 476 入浴後に体を冷やさない

睡眠前に、入浴をする方は多いかと思いますが、そのときに私が気づいた注意点を上げておきます。

入浴中に、どのように入浴するかという問題(熱め、ぬるめ・・・)は別にしておいて、いずれにせよ入浴を終了させると、裸で風呂場から出ることになります。

そのときに注意すべきことは、「体についた水分を介して急激に体を冷えることを防ぐ」ことだと思いました。
-------------

私の体験的には、入浴後の対応がおかしいと思われる症状に「くしゃみ」「鼻水」があります。

入浴して、風呂場から出て、しばらくすると、くしゃみが出たり、鼻水が出たり、鼻がむずむずする場合には、体が急激に冷えていることを疑ってみるようにしました。

そして、次のような対策をしました。

---------------
対策:

1 入浴を終える前に、風呂場で、入浴タオルを良く絞り、体(頭・髪含む)についた湯をしっかりとふき取る。

2 風呂場から出たら、乾いたバスタオルで、体を再度良く拭く。

3 ドライヤーがあれば、とりあえず、髪を乾かす。

4 いすにでも座って、しばらく休む。

--------------

良くない例としては(私のやっていたことですが・・・)
1 風呂場から出るときに、体についた水、湯をまったくふき取らないで、風呂場を出て初めて、バスタオル等で水をふき取ろうとする。(バスタオルが、この段階で、びしょびしょになる)

2 バスタオルがびしょびしょだが、そのまま、体を拭いたり、頭を拭いたりし続ける。

3 背中、頭などがぬれた状態で、通常利用している部屋に移動してしまう。

4 そのまま、着衣して、汗のようなものをかきながら、外でタバコをすう。

-----------------

私の場合、ぬるめ(38度-39度くらい)半身浴をして、上記の対策をすると、だいぶ睡眠が良くなるように感じました。
(風邪など引いているとき、長くぬるい風呂に入ることが不快なときには、私の場合は、42度くらいの熱い風呂にさっと入るようにしています。いずれも、入浴後の対応は同じ)
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by nichinichiso | 2007-10-10 18:27 | 成功事例