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file 395 ノンバーバルはどこで体験できるか
file 395 ノンバーバルはどこで体験できるか

file 394でノンバーバル(非言語的)体験というものを記事にしたので、もうひとつ記事を作りました。
もし、ノンバーバル体験のいい効果を、最も簡単に知ろうと思ったら、どうしたらいいでしょうか。

ご自身で、ご自身を弛められない、リラックスさせることができていないのではないか、また、未熟なのではないかと思ったら、他人の力を借りるのが、手っ取り早いと思います。

言葉によらずに、体に働きかけるもので、気持ちよさそうなものを選んで、実行するというものです。

具体的には、指圧、リフレクソロジー、マッサージ、などなんでもいいのですが、他の方にやってもらう体験を、一度してみるといいと思います。

あまり怪しくない店で、健康人でも抵抗なく入れるようなところがいいかもしれません。
そこで、施術者に「体がだるい」とか、いっておけば、何かしらやってくれると思います。

そして、それが、気持ちよかったりしたら、ご自身で同じような効果を引き出せるようになれば、いつでもどこでも、気持ちさえあれば、いい体験を再体験できる可能性が生じます。

ちなみに、私は、言語によらない体験が全て良いものだというのではなくて、言語によらない体験で、体にいい効果がある体験を求めるといいのではないかということを主張しています。

それは、言葉によらない体験も、病気治癒の1つの道具だからです。

file 381 自力と他力の線引きと活用  http://nichinici.exblog.jp/3166578/
060406

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by nichinichiso | 2006-04-28 19:33 | 運動
file 394 言葉をいかに位置づけるか 完成
file 394 言葉をいかに位置づけるか 完成

私が、自分のうつ病と、その心理的背景を改善するために、利用している療法に、「動作法」というものがあります。

正確には、臨床動作法というようです。
もともと、脳性マヒの子供さんに催眠をかけたところ、比較的自由に体が動かせたという、観察結果から端を発した療法です。
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参考文献:姿勢のふしぎ しなやかな体と心が健康をつくる ブルーバックス 1223
成瀬 悟策 著 講談社 版  1998年 ISBN 4-06-257223-0 

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私がこの療法に興味を持ったのは「リラックスとはどういうことなんだろうか?」という、疑問があったからです。
その背景には、「私は、他の人に比べていつも緊張しているのではないか?」という推測がありました。

緊張しているから疲れやすい、疲れやすいと、緊張しやすい。そして、疲れきると、うつ状態になる。
そして、その緊張が、精神から肉体までを支配しているのではないかと思う機会があったからです。

どうして、そういうことに気づかなかったというと、それが、私の人生のおいて、記憶がある限りでは当然の肉体感覚、精神感覚だったからです。

つまり、いつも緊張感を持っていないと、生きていけないと、どこかで学習したんだと思うのです。

ところが、それが、自分を苦しめ始めたので、これはおかしい状態ではないかと、疑うようになり、緊張の反対は、弛緩つまり、リラックスなんだろうなあと思って、本屋を歩いていたらであった本でした。

そして、リラックスの問題は、身体の姿勢や、動作という問題と関連があり、さらには、心の問題、心理の問題、そして、無意識領域の意識の問題煮まで、発展する様子を感じました。

私が、上記の本の中で、もっとも印象的だった部分は以下のような趣旨のことが書いてありました。
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同著P126を参考にしました。

一般的に正当とされる心理療法では、「もっともらしく理論でがっちり固められている。
心理治療のための「道具」というのは、言葉が最も重要(主)で、それ以外の道具は非言語的なもの(ノンバーバル)として一括されて、補助的な道具(従)に過ぎないとされてきた。

ところが、主従を入れ替えて、言葉を補助的に使うことで、いろんな臨床現場で効果があることが分かってきた。

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これは、人間が複雑に言葉を利用できる生物であるということにかんがみると、とても重要な問題意識ではないかと思ったのです。

もし、うつ病で、心理の問題(カウンセリングなどそうだと思いますが)にも着手しなくてはならなそうだという場合には、ご自身が、言葉という道具をいかに位置づけるかは、重要な問題だと思います。

同著の趣旨から分かることは、精神療法の基本的な傾向として、言葉をメインに扱う流派(理論)が多いということを知っておくといいのかもしれません。
そして、言葉以外をメインに扱うという道も真面目に研究されて、実践されているということを知っておくこともこれまた重要ではないかと思います

file314 1動作法の趣旨と2重ねあわせの技術 051208 http://nichinici.exblog.jp/2122176/
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ちなみに、私の受けている5年間のカウンセリング面接は、すべて言葉によるものです。
動作法の体験は、自分で探して、別の心理カウンセラーに5回ほど直接指導されたことがあります。
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by nichinichiso | 2006-04-28 18:35 | プチ動作法
file 393 カウンセリング事情
file 393 カウンセリング事情

私は、カウンセリングを5年ほど月一回ペースで受けています。
そのカウンセリングとは、いったいどういうものかを、少し報告します。

私自身、カウンセリングとか、臨床心理、心理学などとは縁遠いものでした。

そして未だに、カウンセリングの面接を受けてはいますが、特に、それほど関心が高いとはいえないように思います。

カウンセリング、臨床心理の業界では、様々な流派があると、カウンセラーから直接聞きました。
私が、受けているカウンセリングの流派は、「システムズアプローチ」というもののようです。

システムズ・アプローチとは、
「「現実に生起する現象をシステムとしてとらえる」という「ものの見方」を基本とする」流派のようです。

これが、他の流派と、どう異なっているのかも、私にはわかりません。

カウンセリングの形式からすると、「家族療法」「家族カウンセリング」ともいえるかもしれません。

そもそも、私が上記カウンセリングに突入して行ったののは、うつ病が原因ではなくて、妹の家庭内暴力と、父のお酒、父母間の不和が原因で、なんだか分からないうちに、私も参加していたという感じです。その時、体調不良はありましたが、うつ病とは判明していませんでした。

そのときのカウンセリングの場は、今思い出すとすごかったです。
家庭内暴力をしている、当のの本人は参加していないのです。
その本人以外で、参加できる家族は、両親も含めて、兄弟全員参加していました。

私は兄弟が多い方なので、カウンセラー1人に対して、5人くらいの人々が参加していました。

私は、カウンセリングの時間内で、話す時間は5分ほどだったように記憶しています。
ほとんどが、泣きながら話す母の、父に対する不平不満だったように記憶しています。

この当時は、私が、このカウンセラーと、数年間面接するとは、思ってもいませんでした。

(続くかも)

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この記事は、システムズアプローチの広告・推奨が目的ではありません。
私が、受けているカウンセリングが、システムズアプローチという基盤にあり、家族のほぼ全員が参加することから始まったという、私の体験の報告です。

関連記事:file319 コラム 血縁親類を知る
http://nichinici.exblog.jp/2176115/


うつ病の療法(2種)とカウンセラーの選択 http://nichinici.exblog.jp/1312590/ 2005-10-07
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by nichinichiso | 2006-04-26 19:33 | カウンセリング関連
file 392 走ってみたらいいことがあった(運動療法)
file 392 走ってみたらいいことがあった(運動療法)

休憩・睡眠・栄養・運動・生活リズム

この5つの言葉は、疲労を取るための、5つの大きな柱であるようです。(基本図書参照)
私自身、休息(5分休憩など)と、睡眠(眠剤利用)と、栄養までは何とか取れるようになってきたので、運動を追加しました。

15分ほどのランニングを、日中の暖かい時間を狙って、行なっています。

自律神経系の不快感がひどい人には、強力な効果があるかもしれません。
以前、自律神経の調整に強力な方法は、運動であると、習ったことがありました。

ここ1年ぐらい、面倒なので、やっていませんでした。

この春の、気温の乱高下に、体が付いていけなくて、「熱いんだか、寒いんだか、わけが分からん」という状態が続いていて、ついに「頭痛に発展したので」、もう抜き差しならんというわけで、いやいやほとんど、着替えることもなく、部屋から出て走りにいってしまいました。
それから、1週間ほど、続けています。

私の場合の効果は

頭痛が、一気に治りました。(もともと、頭痛はないです)
運動が気持ちいい事を思い出しました。
心臓のドキドキが、だいぶ緩和されました。
寝る前のストレッチ・動作法等に、より意欲的になりました。

走る前は面倒なのは相変わらずですが、何とか走り始めるようにしています。
プールに入る前の、なんともいえないつらい気持ちに似ているような気がします。

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ちなみに、運動療法というものもあります。

病院の掲示板に張ってあった記事の内容を簡単にお伝えします

医学博士・横浜労災病院勤労者メンタルヘルスセンター長 山本 晴義氏 の記事 

1 うつ病が重い場合には→やってはならない
2 うつ病が軽くなってきた(軽い場合)→やった方がいい

とのことでした。

関連記事:
自律神経の問題で関連
file325 入浴の方法を検討 http://nichinici.exblog.jp/2236481/
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by nichinichiso | 2006-04-26 06:06 | 運動
file 391 アンケートと結果と感想
先日、 私の作成しているブログ「うつ病の振り返り」について、アンケートをとりました。

1 何らかの価値がご自身にあると思う人は→投票する
2 価値がないと思う人は→投票しない

という、単純なものでした。記事はこちら→http://nichinici.exblog.jp/3277000/

集計結果は以下です

以下は、投票数/閲覧者数を示します。

1日目:5/48 2日目:5/46 3日目:5/39 
3日間総計: 16/103 
投票割合:15パーセント
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解説:このアンケート自体は、ほとんど正確ではないかもしれません。
というのは、検索エンジンなどで、アンケートのページ以外を読んでも、閲覧者1人とカウントされているからです。

とはいえ、一番上の記事を見る場合は多いと思います。私は、他の方のブログを見るときは、ほとんど読みますので、そのように思います。

このブログに価値があると思う人の割合は、15パーセントということでした。

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投票していただいた皆様、ありがとうございました。今後は、面倒だと思うので、特に投票は必要ありません。いつものようになさってください。
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by nichinichiso | 2006-04-25 06:56 | 言葉について
file 390閲覧ありがとうございます
いつも閲覧ありがとうございます。

毎日、ユニークな人数で、40人前後の方が、閲覧していただいているようです。
とても、ありがたいことです。

私のブログの性質上かもしれませんが、極端にコメントがしづらい雰囲気があるかもしれません。
私も、自分のことを素直に書いているとはいえ、読者の方の反響が知りたいと思うこともあります。

ところが、うつ病の方は疲れているし、何をコメントしたらいいかもわからない記事もたくさんあると思います。

そこで、ここ3日間、ランキングのタグを大きく掲載しておきますので、ご自身にとって「何らかの価値があるブログだ」または、「今後何が出てくるか興味がある」と感じてお読みになっている場合には、クリックしてほしいと思います。

反対に、ただなんとなく、暇つぶしに読んでいるだけで、特にご自身にとって意味(価値・有用さ)があるとは思わないという場合には、クリックしないでください。

コメントがあれば、この記事にコメントしてください。苦言はうつ病者には辛いので、お控えいただきたいと思います。

よろしくお願いします。
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ここら辺に、やたらでかい、タグを貼り付けていました(060426撤去済み)
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by nichinichiso | 2006-04-22 08:04 | 皆さんへのお知らせ
file 389 シールシャ・アーサナ
file 389 シールシャ・アーサナ

ヨガのポーズに、シールシャ・アーサナというものがあることを、1月ほど前に知りました。

逆立ちを変形させたようなポーズなのですが、「ポーズの王様」とその方面では呼ばれているようです。

すぐにできるようなポーズでないので、壁を補助につかって、たまにやっています。

その私への効果は、「ポーズ前と比較して、ポーズ後はいきなり水がうまく感じる」というものです。

逆立ちをすると、水がうまく感じるというマイルールが出来上がりつつあります。

水がうまいと、少し健康になった気がします。嬉しいです。

もしご興味があれば、逆立ちしてみるといいかもしれません。

DVDの付いている、はやりものっぽいヨガの本を以前買ったので、紹介します。

千葉麗子のスタイリッシュヨーガバイブル 改訂版
千葉 麗子 著 学習研究社 版
1,500円(税込) 2006年02月 発行 ISBN4-05-604292-6

私は、ヨガについて、まったく見識がありません。

そのポーズの一部が、私に、「水をうまく感じさせた」という報告です。

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だんだん、何でもありになってきたなあ。このブログ。(-_-;)
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by nichinichiso | 2006-04-21 23:07 | 運動
file387 生きてる証はどこにあるか
file387 生きてる証(あかし)はどこにあるか

体調が良くなったり、悪くなったりしながらも、ふと気づいたときには5分休憩を取るようにしています。

夕食後のせいか、本日の外出疲れのせいか、心臓がドキドキしていて、体が緊張しているのを自覚しました。

ボーっと、その鼓動を感じていると、心臓が大変そうだなあと、ぼんやりと思いました。
何らかの理由で、心臓が強く拍動する必要があるんだろうなあ、と考えたりしていました。

その時、ふっとひらめいたのは、自分は何のためにカーニバルをして、自分を苦しめたのかということのひとつの理由らしきものでした。

苦しいことでもチャレンジして、目的が達成されると、そこで初めて自分が存在している証(証明)となると考えていたのではないかなと、思いました。

そういう、自分の存在の証(生きている証)の確認も、社会に生きるものとして、当然の考え方かもしれません。

しかし、私が見落としていたのは、まず肉体が消滅していないということが、第一の生きている証だということでした。

うつ病で、自律神経もおかしくて、感覚もおかしくなっているかもしれないので、それを治したいという強い目的が、私はいつもありましたし、今でもあります。

それを支えていたのは、「今の自分では、自分の生きている証にならない」という思い込みだったような気がしました。

それでは、いくら強い治す動機(意識、気持ち)を持っても、救われない気がしました。
なぜなら、治される自分というものに、存在する意義を感じていないからです。

どういう意義が、この苦しい・疲れきった・何かがおかしくなっている肉体にあるかというと、それは、間違いなく自分の意識(こころ・精神・主観)がのっかっている、ボディ(土台)であるということです。

このボディ(土台)が消滅したら、すべておしまいなんだと思いました。


とすれば、このボディが存在していることが、自分の生きている証のひとつであり、第一番目に認識しておくべき、とても重要な証だと理解することに、間違いはないように思ったのです。

いつからか、そのようなことを忘れていたのかもしれません。

ボディとは、足裏を押したときの足ですし、ドキドキする心臓ですし、不調気味の内臓など、肉・骨や神経・血液、各種ホルモン・・・など、すべての自分の物質的な側面です。

そう思ったから、うつ病がよくなったわけでもないのですが、なんだか重要な気づきのように思えたので、ここに報告します。
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by nichinichiso | 2006-04-20 20:56 | 自分を知る
file 386 カーニバル理論 
file 386 カーニバル理論 

以前の記事、file378 カウンセリング資料と解説 http://nichinici.exblog.jp/3094331/
のなかで「カーニバル理論」というものを手書きで書いてあることに言及しました。
これは、カウンセラーとの間だけで勝手に理論として、私の病気対策、心理的背景改善対策に生かそうという試みをしています。

この概要は、私が、ある程度テンションが高まって、妙に「意欲的」になると、自分の心身の疲労を省みずに目的に向かって、ひたすら突き進む傾向があることに端を発します。
そして、このような自分の状態を、カーニバル状態と呼びます。

その語源は、ある国の一地域では、1年間のうちに数日間「カーニバル」と呼ばれる期間があり、その期間以外では、非常に地味で、黙々と日々を過ごすのですが、カーニバルに入ると、すべての財産、蓄財をなげうって飲んで、歌って、騒ぐという習慣があることに由来します。
そして、その期間が終わると、憑き物が取れたかのように、元の地味な生活に戻って、一から蓄財等を始めるらしいのです。

私の、これまでの人生のあり方が、そのようなものに類似しているということで、カーニバル理論と呼んでいます。

私の場合には、投げ捨てるものが、金銭的にはパチスロなどをやるぐらいで、家計の基礎を揺るがすようなことには、幸いなっていません。しかし、肉体的、精神的な疲労は、限界までやり続けます。

そして、肉体的、精神的な限界を超えると、初めて、カーニバルが終焉して、辛い宴の後が待っています。そこから、体を治して、気持ちを安定させていく作業に入ります。

ところが、また何かのきっかけで、条件がそろうと、同じことを繰り返すのです。
その目的となるものは、年齢、時期、環境によって姿を変えます。
そして、その目的は自分では(主観的には)「必ずやるべきこと」「とても興味のあること」だったりするので、やめる理由が見つからりません。さらに、自分の心身の疲労感は、度外視されるという、不思議な仕組みが機能します。(これこそ、私の問題の核心ではないかと、思うようになっています)

これが、きわまると、命の危険にさらされることになります。
私自身、命の危険までいたったことは、1回しかありませんが、もう動けないぐらいになったことは、この5年ほどで、5回ほどはあったように思います。

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図①↓(クリックで拡大)は、 その様子を、自分のテンションの高さと、時間の流れで示しています。
そのときの、自分の様子が書き込まれています。


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図②↓(クリックで拡大)では、この直近のカーニバルについて、日付をおって、図示しています。

以下の日付けはすべて2006年です
2/4 というのは、ブログに疲れたので、1月間休むと宣言した日です。
2/12 というのは、パソコンの組み立てが気になっているという報告をした日です。
2/25 というのは、パソコンを組み立て始めて、いろいろ外出したり、調べ物をしたりし始めた日です。
3/27 というのは、「もう病院で薬増やしてもらわないと駄目だ」と観念して、非常に苦しかった日です。(結局、このときには、あと1週間様子を見るということで、行きませんでしたが、以前だったら、迷わず行っていました(身の安全のためです。)

3/27 以降は、もう観念して、どうしたら、心身が休まるか、今までの私の方法を再度定着させようとし始めた時期です。

4/18 ようやく、落ち着いてきた時期です。(家の掃除等の作業療法に、意義を感じるようになってきた)

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さらに、私のブログの記事と合わせて読んでいくと面白いことが分かります。

非常に辛い時期にさしかかってくる、カーニバルの終焉に近くなっていくと、
 file 375 私が最も死の危険を感じたとき
 file 377 無理して***しなくていいんだよ(完成)
 file 379 私のブログの欠点(短所)

などのような、記事が出てきます。きつい時期にさしかかると、きついことがいろいろ想起されるので、それを記事にしていたので、こうなります。

そして、カーニバル終焉と、宴のあとには、

 file380 よく噛んで食べる(カロリーは足りているか)
 file 381 自力と他力の線引きと活用
 file383 主観が駄目なら、客観でいく
 file 384 足裏を押す

などの、安全系の努力が見られます。
図③↓(クリックで拡大)では、カーニバル期間が、数ヶ月から、最大数年まで続くことを、私が体験したものとして、示しています。

数年、カーニバルを続け、かつ自分の心身の回復技術を持っていないと、「死」が頭をよぎります。当時は、精神科にも縁遠かったですし、うつ病だとは判明していませんでした。

直近の、数ヶ月だと、何とか、薬の量は維持したまま(*)、元気になることができました。これは、元気になる方法(ケアする技術)を、ストックしておいたおかげだと思います。自分の取扱説明書の、一部です。
(*)薬の量を維持したのは、今回が初めてです(これまでは、何かしら増量)。それは、薬を増やさないでも、1週間あれば、何とか休息を取れるのではないかという、自信がある程度あったからです。自信がない場合には、病院にいったほうが、安全です。私の場合は、思うところがあって、あえて変えなかっただけです。このことは、また記事にします。
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今後の課題:

 カーニバルをしなくても、生きていることが楽しいということを体験すること。

追記:このような私の体験が、うつ病でよく言われる「波」というものと同じかは、ちょっと分かりません。むしろ、アルコール依存・嗜癖問題などの、底つき感とかに近い感じがします。
微妙なところです。

関連記事:
アイデアが脅迫観念に転化するとき http://nichinici.exblog.jp/1513129/

アイデアが脅迫観念に転化するとき(その2) http://nichinici.exblog.jp/1527353/

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by nichinichiso | 2006-04-19 14:36 | カウンセリング関連
file 385 昼ね前の安全を確認する
file 385 昼ね前の安全を確認する

うつ病は、精神疲労を主軸とした、疲労によって引き起こされる感情のプログラムの誤作動とする仮説を主張なさる、下園氏の主張を私は採用しています。(基本図書参考)

人はどうして死にたがるか」の108頁には、(4)精神疲労に対処する という項目立てがあります。このページはきわめて重要だと思っています。

そこには、方法として簡単に、

休憩
栄養
運動
睡眠
生活リズム

への配慮が記載されています。

すべては、現在のご自身(私含む)の個別の生活の中で、確保していかなくてはならない「要素」なんだと思います。

ですから、一概に、どうすればいいかは、言えないかも知れません。

私は、疲れたら、寝ることが多いです。
以前は、言葉が暴走して眠れないときにどうするか、イメージをつかうといい場合があるなど、私の体験を報告させていただきました。

今回は、「昼ね前に、周りの安全を確認する」という原始的なものをご報告します。
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目的:自分のいる環境の安全性をもう一度確認しなおす

用意するもの:

騒音のない部屋・日光も含めて寝るのに不快な光刺激がない部屋・寒すぎず、暑すぎない布団環境

手順
0 寝るために横になる
1 騒音はないか確認→「騒音なし」と自分に言い聞かせる
2  不快な光刺激がないか確認→「光刺激なし」と自分に言い聞かせる
3 布団の温度の快適さを確認→「布団温度快適」と自分に言い聞かせる

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解説;工事現場などの危険な場所で使われる、指差し確認のようなものです。あれは、通常と違う危険な環境で、自己や他者の安全を確保するために、その安全性を一つ一つ、意識に上らせて確認するという原始的で、強力な方法だと思います。
それを、自分の生活に応用するということです。

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手順自体は、15秒もあれば終わるので、やるやらないは、ご自身の気持ちひとつの問題です。
しかし、「用意するもの」がそろっていることが必要なので、どちらかというと難しいのは、「真に安全な環境を確保すること」だと思います。

私は、生家の箱としての家にいることが、非常に嫌いでした。他の家族と食事をするときには、嫌な気持ちになることがとても多かったです。
家庭内暴力や、アルコール問題やら、不登校問題やら、親族間のいさかいやらが、多発するエリアだったからです。



そんな中で、こころ安らかに寝る・休むことは、今思うと難しかったのかもしれないなあ、と思います。

ちなみに、私がうつ病になる数ヶ月前に、私は試験の問題集・参考書と共に生家を飛び出し、うつ病で倒れてからは生家で3ヶ月寝込み、さらにその2ヵ月後には、うつ病を抱えながら、現在の妻と共に、再度生家から逃げ出しました。

そして、現在は、生家に近づくことすらほとんどないです。

職業をお持ちの方であれば、仕事はどうする、家族のことはどうする、子供さんのことはどうする・・・、物理的な問題以外にも不安要素が生じる可能性は大きいと思います。

こういうことを、相談できるような場所なり、人なりを探す必要があると思います。
自分でできない場合は、他人に探してもらう必要があります。国の機関(社会保障)・カウンセラー(心理問題・家族問題)・医師(身体の問題)・弁護士(法律紛争問題・金銭トラブル)などが役立つかもしれません。
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by nichinichiso | 2006-04-18 18:27 | 住居関連