<   2006年 05月 ( 15 )   > この月の画像一覧
file 407 寂しいイメージがわいてくるときがある
file 407 寂しいイメージがわいてくるときがある

この季節になると、不思議と生じるイメージがあります。
それは、夏を前にして、半そでで室内にいることができるような時期です。

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僕は、一人で、イギリス北部の、海辺の荒涼とした野原にたっている。
そこでは、イギリス北部特有の、どんよりした重い雲が光をさえぎっていて、とても冷たい風が僕の小さな体に吹きつけてくる。
周りには、人っ子一人おらず、体の小さかった僕は、歯を食いしばって、風に倒されないように踏ん張っている。

ただただ、そのような時間を、何の助けもないかのような、永遠の時間かのように感じて、踏ん張っている。

泣くこともできず、頼る寄る辺もなく、風がおさまり、太陽の光が出てくれるのを待っている。

海辺には、風を受けてうねる波がつぎつぎと押し寄せているのが、遠目に見える。


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というものです。
なんとなく、そこはかとない物悲しさを感じます。

これが、幼少期の、家庭内での私自身のイメージなのです。それは、家族というものの原体験と呼んでもいいような気がします。
これが、私の家族観のスタートであるのかもしれません。

これを、どこまで、冷たい風を弱め、どんより雲は晴れ、太陽の光をさんさんと照らして、荒涼としたのっぱらには草木が生い茂って、いろんな動植物が生息するような、家族(家庭、人間同士の関係に)豊かなイメージがわくようにできるかが、こころの成長・回復というものに関連しているような気がします。


関連記事: file 382 赤いりんごのたとえ 060410 http://nichinici.exblog.jp/3194493/
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by nichinichiso | 2006-05-30 19:33 | プチイメージ
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by nichinichiso | 2006-05-28 05:48 | 皆さんへのお知らせ
file 406 nichinichiso近況 060527
file 406 nichinichiso近況 060527

このブログを書き始めて、8ヶ月ほど経過しようとしています。

記事の数は、これで、297記事目とカウントされています。

この間、私は、治ってきたといえるかと考えると、治ってきたといえそうです。
それは、主観的な感覚が、変わってきたということです。
 下記関連記事参照

ほとんど自分の周りの環境は変わっていませんし、年齢は加算され、仕事の側面から考えれば、就職も難しくなったりして来ていると思います(一般論ですが)。

とはいうものの、自分の主観的ありようは、8ヶ月前に比べて、非常に安定して、落ち着いているように思えます。

また、睡眠薬の量もまったく変わっていませんが、夜に目が覚めることが少なくなり、寝ることが楽しみでしょうがないです。

自分が、仕事もできないで、やりたいこともなく、たまにパチスロをて後悔し、体もきついという時期が、長く続いていました。
現在は、やはり仕事もできないし、やりたいこともあまりない、パチスロもたまにやるという点は同じだが、体が比較的楽な日が続いています。

それだけで、とりあえず、「満足できる」という点が、大きく以前と異なってきているという気がします。

ほとんど私を取り巻く状況が変わっておらず、むしろ悪化しているように思えるが、体が楽になり、感覚を再構築しようとすると、少しいいことが私には、起きている気がします。
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うつ病は、治癒させるという言葉を使いますが、心の問題を扱う場合、回復とか、成長とか言うことがあります。

カウンセラーとの話の中で、「こころの質」「生き方の質」を変えることが、回復とか成長とかが目指すものに含まるのではないかという、話をしたことがあります。 参考記事:心理的背景の改善の模索 http://nichinici.exblog.jp/1950858/
うつ病の治癒という言葉は、薬を飲まずに、単に仕事が通常人なりにできたり、家庭を持ったりすることだけでいいのであれば、私のうつ病は一度治ったことがありますが、その後再発したと考えることができます。
しかし、その2回のうつ病の間で、ほとんど心の成長、回復があったという自覚はありませんでした。
そういう意味では、現在はあまりうつ病は良くなっていないのかもしれないが、こころの回復、成長がすすんでいるといっていいような気がします。 参考記事:うつ病とその原因を整理 http://nichinici.exblog.jp/1767616/

そして、私がそれを目指して行なってきたことは、半分ぐらいが、このブログに書いてあります。

関連記事:
直るとはどういうことなのでしょうか? http://nichinici.exblog.jp/1781196/

file313  「およそできないことを、やろうとしていないか?」 http://nichinici.exblog.jp/2117657/

ストレス軽減の環境 http://nichinici.exblog.jp/1690870/ 051101
 

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by nichinichiso | 2006-05-27 21:32 | 自分を知る
file 405 特定の感覚と一対になる
file 405 特定の感覚と一対になる

うつ病の本体は、疲労であるとすると、うつ病を患っている場合には、疲労がたまっているということになります。
では、その疲労自体は、自覚できているでしょうか。

私は、うつ病と判断されてから、「具体的に何がどのように疲労しているのか?」ということに無関心でした。

自分がどのように感じているとしても、もし、疲労していることが客観的な指標でもし明らかになったとした場合、それを自覚できていなかったら、ことは複雑になっていくとおもいます。

なぜなら、「実は疲れているのに、疲れていると感じない」(疲労感の欠如)からです。

疲れていないと感じているいじょう、それ相応のことができると未来を予想するでしょうし、それ相応の行動をとるのが、当然だと思います。
しかし、実際には疲れているならば、予想したとおりにことは運ばないし、行動の継続も困難になると思います。

そうすると、何が起きるかというと、私の体験からは、「パニックになる」ということがあります。

何で、こんなに不快なのか、悩みらしきものがグルグル頭をめぐる、のか分からない、なぜこう苦しいのか分からないからです。それは、その自覚がない以上、当然のことだと思います。

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そこで、私が、やっていることは、感覚の一つ一つを、とりあえず自覚してみるということです。

感覚は、生理学的には20種類ほどに分けられるようです。
その感覚のいくつかは、疲労を感じられるんではないかと思います。

例:筋肉が疲れた・胃が疲れている・眼が疲れた・・・

20種類全部で疲労を自覚するセンサーが付いているかは、私にはわかりませんが、それらを総合的に敏感にして、疲労を全体として捉えてみたいという、発想が私には生じてきました。

実は、下園氏の本の中では「精神疲労」という私には謎の言葉(file 381 自力と他力の線引きと活用 http://nichinici.exblog.jp/3166578/  参照)が使われていますが、私は、もっと広く疲労(肉体疲労、感覚の疲労も含めて)考えてみようとしています。

なぜなら、精神疲労というものは、実は肉体が疲れていることも多少は、影響を与えるかもしれないと思うからです。

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用意するもの: 入浴環境・手おけ
手順:
1 できれば湯船につかる
2 左腕を、湯船から出して、右手に手おけをつかむ。
3 手おけに湯を入れて、左腕にかける。
4 腕に湯をかける前と、かけている間を比較する。(温度感覚・落ちてくる水の圧力)
5 かける前と、かけている間に感覚を集中する。それ以外のことを考えない。何かが違うはずなので、その何かを体験として理解する(感覚と一対になる)

6 左右逆にして試す。
7 いろんな場所で試す。
8 評価する(良い・悪い・どっちでもない)
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この感覚と一対になる体験というのは、私は重要だと考えています。
感覚は、肉体の期間の問題ですらから、ご自身の肉体と向き合う契機(きっかけ)を持ち、さらに何かいい効果を引き出そうというための、原始的な方法だと考えます。

ですから、どのようなことをなさっていても、身体環境と一対になることはできるかもしれません。

そうすると、何をどの程度すると、身体がどう変化(疲労)するかを知ることにつながる気がします。
例えば、パソコンの画面を長時間見ていると、姿勢がどう変化していくか、疲れているとどう姿勢が変化するか、ということを体験で知るということになります。

さらに、ジョギングをしたら、心臓の拍動と一対になるということもできます。いろいろ周りを見て走ったり、考え事をして走ったり、悩みながら走ったりすることもできますが、心臓の鼓動と一対になって走る(心臓になりきる)体験もやろうと思えば、それほど難しくないかもしれません。

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このような方法は、私が、勝手に行なっていることですが、非常に、原始的なものです。
しかし、私には、必要だと感じます。
なぜなら、疲労感覚を正す必要があり、そのためには、感覚の再構築が必要と感じるからです。
み事や、緊張ごと、があると感覚を無視することも時として、有効だと思いますが、それが長引くと、体を壊す気がします。

関連記事;
file 401 作成中 内の図 http://nichinici.exblog.jp/3415872/

file383 主観が駄目なら、客観でいく http://nichinici.exblog.jp/3215432/

file 361 私の問題意識 http://nichinici.exblog.jp/2648507/←問題意識「6」で関連

file 352 感覚の再構築 060120 http://nichinici.exblog.jp/2531130/
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by nichinichiso | 2006-05-24 09:03 | 感覚の再構築
file 404 人生がめちゃくちゃに破壊された場合がある
file 404 人生がめちゃくちゃに破壊された場合がある

先日、私は、5年来の付き合いのあるカウンセラーと、面接することがありました。
もちろん、クライアント(患者)としてです。

そこで、このブログに書くようなことも含めて、話をしてきました。

その面接の中で、「人生をめちゃくちゃに破壊された人」がいるということが話題になりました。

それは、私の数年来の疑問に端を発しました。

その疑問の趣旨は、以下です。
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私は、アダルトチルドレンに関する本や、その方面で有名な方の著書などを読むと、非常に共感できることが多くて、私自身が、アダルトチルドレンなんだなあと思っていました。

そして、その対処としては、同様にACと自覚される方々の集まりに出席して、話をしたり、話を聞いたりすることが有用であると、その方面では言われている。

しかし、私は、ACだと自覚できる気がしても、どうしてもそのような場に出席する気にならなかった。
そのような場を探したり、著書の方の話を聴きに足を運んだことはあったが、どうも、そのようなAC同士の会合に出席する気になれなかったのです。(1回だけ、うつ病になる前に、自助グループのようなものに参加したことがありますが)

それが、非常に不思議であり、また、「治る気がないんじゃないか?」という、自分への不信感にもなっていました。

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というものです。

それに対して、

面接者は、「人生をめちゃくちゃに破壊された程度が異なる場合がある」という話をされました。

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私は、自分の生家に、ひとつもいい思い出がなく、それどころか、怒りさえ覚えます。
それは、一言で言えば「軽く無視されて育った」からです。
理由はわかりませんが、私自身、このフレーズが、私の生家での記憶を表すのにふさわしいと感じます。


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ところがです。

それ以上に、劣悪な生育環境と思われるような事情は、もっとあるようです。

私の体験した生家での出来事には、親族間の性的な被害とか、は含まれません。少なくとも、私はそうでした。

ところが、上記のような被害・事件が起きるような家族に象徴される家族の中では、、およそ、存在を認められず、尊重されず、承認を得られない「他者に人生をめちゃくちゃに破壊された被害者」がいらっしゃるようです。

そのような場合には、私が、報告しているような「うつ病対策」では、役に立たないかもしれないなあと思いました。

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この記事で、何を私が主張したいかというと、生まれ育った,生家での環境を再確認することで、対処の方法が異なってくるということです。

判断をあえて単純にするために、3つのパターンに分けてみました。

1 家族の中で尊重されたという自覚があるが、うつ病になった。
2 家族の中で無視されたという自覚があり、うつ病になった。
3 家族の中で虐げられてきたという自覚があり、うつ病になった。


家族というのを、生まれ育つ間の人間関係や、環境と言い換えた方がいいかもしれません。

1はそれほど根が深くない、うつ病のように思えます。
2は私と同程度に、根が深いうつ病のように思えます。
3は非常に根が深いうつ病のように思えます。

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私が、もしうつ病が治ったと宣言できた場合に、その対象としているのは、1・2の場合に限定される可能性が強いと感じました。

関連記事:
軽く無視されて育つ危険性 051106 http://nichinici.exblog.jp/1753322/
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by nichinichiso | 2006-05-22 20:12 | アダルトチルドレン問題
file 403 呼吸を支配する筋肉を探す
file 403 呼吸を支配する筋肉を探す

以前の記事で、私の、背中の下部が、非常に硬くなっていることを報告しました。file 398 料理作業が、楽になった(体験談) http://nichinici.exblog.jp/3395700/
解剖学的に、なんという名前の筋肉なのか分からないのですが、「そこを自分なりに伸ばそうとすると」非常な痛みを伴うのです。

そして、そのストレッチ後には、一瞬(1分くらいか)ですが、視界がクリアになり、頭もすっきりします。
ですので、自己判断で、このストレッチには意味があると感じて、折を見て行なっていました。
(1日10回くらい・各15秒)

ここ1週間ほどで、呼吸が深くなってきたことが、自覚できました。

さらに、それに伴って、寝るのが楽しみになりました。
寝ると、体がぽかぽかして、以前と比較して、気持ちよい睡眠が取れるようになったからです。
(睡眠薬は変更していません)
ですので、昼寝も、寝られれば、とても楽しみです。

これは、以前の呼吸が、不完全なものであった可能性を意味すると解釈しました。

不完全な呼吸とは、呼吸を直接支配する筋肉群を、十分に使っていない・使えていないという意味です。

ちなみに。調べたところ、息は吸うときと、吐くときでは、異なった筋肉群を利用します。

つまり、
吸うときには、吸うための筋肉群を緊張させて、吐く筋肉群は弛める。
吐くときには、吐くための筋肉群を緊張させて、吸う筋肉群は弛める。

ということを連続してやっているということです。(たぶん)

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そして、呼吸を直接コントロールする筋肉を自分で、探して、押して、痛いところがないかを探して、直接押しています。

この記事では、詳しく報告できませんが、私のやり方を簡単に書いておきます。

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1 2本足に均等に体重を乗っけて、立つ。
2 可能な限り息を吸いこむ(吸気)。(ずーっと吸う、限界まで吸う)
3 その状態でストップする。そして、加えて、以下のサーチをする。
3-1 上体を右に倒したり、左に倒したりしてみる。
3-2 肋骨の間の筋肉を、押して、痛いところがないかサーチする。
3-3 軽く、みぞおち周辺を押してみる。
4 思いつくサーチ場所をご自身で探す。

5 次に、限界まで吐いて(呼気・)肺周りはすぼめ・腹はへこみ・横隔膜は上がる)、同じようにしてみる

6 痛いところがあったら、どういうことなのか、考える。

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私の場合、通常では味わうことのないような質の痛みが、肩や、首、首の後ろ、肋骨の間などに生じました。

限界まで吸って、息を止めて、体を右に倒すと、どうしてこれほどまでに体が痛いんだろうか?というほど、「いてててて」という感じでした。

それは、実は、今年の夏から知っていたことなのですが、どうもその先があったようです。
参考記事:呼吸の観察(自律神経) 05-11-09 http://nichinici.exblog.jp/1791412/

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ちなみに、私のこの痛みは、呼吸筋が硬くなっているのではないかという推測を持つようになりました。
それも、疲労のひとつと考えます。

もし呼吸筋の伸展(ストレッチ)に興味があれば
以下のHPの記事を参考になさるといいかもしれません。

独立行政法人 環境再生保全機構 呼吸筋ストレッチ体操のすすめ
http://www.erca.go.jp/asthma2/copd/control/breathing.html
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by nichinichiso | 2006-05-18 17:55 | 呼吸関連
file 402 演劇療法の体験談
file 402 演劇療法の体験談を読んだ

うつ病の治療は、投薬と、精神療法という大きな柱があります。

私の場合には、
投薬については、一般的になされる医師の指導によっています。
精神療法は、システムズアプローチと呼ばれるらしいものに、よっています。

実は、精神療法といっても、様々なものがあるようです。

そのうちのひとつで、演劇療法というものがあります。

その体験談を閲覧する機会があったので、作者の方の同意の下に、そのブログの記事を紹介いたします。
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ブログ名:心・精神に関する情報局
作者:か ず ノ 助 さん
タイトル:演 劇 療 法 の 奨 め
アドレス:http://spinner.blog4.fc2.com/blog-entry-4340.html

かずノ助さんは、うつ病を自覚なさっている患者さんの一人です。
その他詳細は、同ブログの自己紹介を拝見していただければ、いいかと思います。

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私は、演劇療法というものは体験したことがないのですが、かずノ助さんの記事によりますと、
ご本人の報告として、後日の記事の中に
「演劇療法をやって 私の中が変わった事は
自分でも感じているし、現実に変わってるし。
だから また演劇療法を 受けたい…って思う。」
(記事名:傾向 http://spinner.blog4.fc2.com/blog-entry-4380.html)
とあります。

これは、かずノ助さんになにやらいい効果があったということを意味しているように感じます。

そのような体験談は、私のようにうつ病を患っていて、しかも根が深い場合には、とても有用なものに感じます。
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by nichinichiso | 2006-05-12 19:45 | 他の方の体験談
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by nichinichiso | 2006-05-12 16:02
図を入れました
file 399 準備と本番に、図を入れました。
file 400 /401を作成中
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by nichinichiso | 2006-05-12 15:28
file 401 作成中

file 401 作成中
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by nichinichiso | 2006-05-12 15:26 | 感覚の再構築