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file706 自分で紙に書くことの重要さ(言葉の直列性という特性)
file706 自分で紙に書くことの重要さ(言葉の直列性という特性)

 CBTをやっていて思うのは、可能な限り、自分で考え、ペンを持ち、手で紙に書くことの大切さです。
 もちろん限られた労力と時間で行うのですから、すべてはできません。

 しかし、紙に書き出すことは、思考を言語で表現するならば、その直列性という特性からして、紙に書き出して、一気に眺められる環境に置くことに価値があると思います。

 言葉は、基本的に直線で表現されます。日本語の文法や、思考の順序にそって、表現されるものです。
 しかし、認知というものは、実は、言語化する前に持っている、その人の基本的な物事に対する考え方や、ものに臨むときの無意識に起きている態度、と感じることが多いです。それは、一番感じるのはマインドフルネスの瞑想を行っているときです。

 言葉は、道具のように思えます。
 ですから、使い方次第です。
 頭の中だけで、コラム法を行ってみるのと、紙に書き出すのでは、全くインパクトは異なると思います。前者は忘れてはいけないというストレスがかかりますが、後者は少なくとも紙に記録されている時点で、そのストレスがないです。少なくとも、すべて自分が書いたものであると、客観的に皆が確認できることです。


〈増補改訂 第2版〉いやな気分よ、さようなら―自分で学ぶ「抑うつ」克服法

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by nichinichiso | 2015-09-30 19:09 | 言葉について
file 705 いくつも自分への問い(自問)を重ねていく(自動思考-信念)
file 705 いくつも自分への問い(自問)を重ねていく(自動思考-信念)

 自己否定的思考は気分を悲しくしたり、意欲を低下させたり、非生産的で、自己障害的ですごく有害ですが、一つの問題を解決しても、あらゆるタイミングで頭をもたげてくることは経験者であればわかると思います。
 あのとき克服したと思った、完璧主義的な考え方、自分は愛されてないんだという考え方、自分失敗者だという考え方と、それに伴う不快な気分は認知が歪んでいると言われたりします。
 以前から、この「認知の歪み」という言葉はあまり好きではなかったので、「残念な認知」という言葉を造ったりして言います。(造語)

 そもそも「認知療法」の「認知という言葉」ですら、個人が体験する感覚と言語や感情、行動、態度、ものの見方をざっくりとまとめた、「お洒落な言葉にすぎない」と書いてあります。そうなんだと思います。

 言葉(およびイメージも含まれる?)を使って、感じ方やものの見方に変化を与えられる点に着目しているのが、認知療法だと感じます。しかし、言葉はそもそも国が違ったり、日本語であっても、世代、時代で使われ方も異なってくるので、とても言葉のチョイスが大きな影響を与えることもあり、また、影響を与えられないこともある気がします。

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うつ病の再発・再燃を防ぐためのステップガイド 単行本 – 2009 星和書店

Peter J.Bieling (著), Martin M. Antony (著), 野村 総一郎 (監訳), 林 建郎 (翻訳)
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上記の本の中で、否定的思考、脅迫的思考が出てくるのは何度も出てくることが予想され、それには「信念」という、その人のものの見方の傾向において、何か弱い部分に触れた場合に、出てくることが多いという趣旨のことが書いてありましt。亜

 自虐的信念は常に存在するもの、否定的自動思考は具体的な出来事に反応して浮き上がってくる一時的なものとも言えそうです。

 その信念について、いくつもの問いをすることで、本当にその基準を自分に当てはめることが正しいのかを考えさえてくれるものがあります。


 上記本 p137で紹介されているのですが、私なりに書くと以下のようになり真5つの方向から自問してみます。

 1 今あなたの持っている、なんらかの基準は合理的で、意味がありますか?(合理性)
 2 その基準をご自身に突きつけることは公平でしょうか?(公平性)
 3 その基準がもたらす感情的結果はいいものだろうか?(感情良好性)
 4 その基準はあなたにとっていい結果を生むでしょうか?(行動良好性)
 5 その基準は、自分(あなた)が大切に思っている人にとってもどんどんお薦めできるものだろうか?(推奨可能性)


これらをまんべんなく満たす信念であれば、そう簡単に自分を苦しめないと思います。
言い換えれば、そのような基準でない(=合理的でなく、公平でもなく、感情を不快にし、行動を辛くさせる、他人にもお勧めできない基準だ)から、常識人である私たちは苦しむのだと考えられます。

 そうだとしたら、その信念は変えていくべきものだと言っても良いのではないでしょうか?

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by nichinichiso | 2015-09-27 18:15 | 認知行動療法(CBT)
file704 報酬による目的達成(カフェインを減らす工夫)飲んでも、褒美
file704 報酬による目的達成(カフェインを減らす工夫)飲んでも、褒美


体に、あまり良くない気がする習慣を改善するときに、報酬をうまく使って成功失敗を繰り返しつつも、最終的に目標に達するゲームのような方法があります。
下記の本の中でも、ダイエットの方法で出てきます。p221 「罪悪感」 「キャンディとドーナッツ」ダイエット

 私の場合、カフェインをとって一時的に元気を出そうとする癖があり、長年の習慣になってしまい、疲れれば疲れるほど、缶コーヒーや喫茶店でのコーヒーで紛らわしている気がしていました。
短期的には、いいのですが、長期的に見ると、出費も多くなり、体も疲れてしまいます。


そこで、2つの角度から、長期間かけて1日いっぱいぐらいですむよう、カフェイン習慣を変えていきました。

1 いつも習慣的に飲んでいる、また、疲れたときについ飲んでしまう(缶)コーヒーを想定し、そのタイミングで我慢できたら、また、いつも飲むタイミングで行く喫茶店を行かずにすんだら、そこでかかった代金を、頑張ったご褒美として「全額自分のお小遣いとする」ことにしました。


2 、もし飲んでしまったり、立ち寄ってしまった場合でも、それは、目標に反することをやってしまったのですから、自分にとって辛い出来事であり、その慰めとして、また、そうはいっても目標に向けて依然として頑張っている自分へのご褒美として「かかった代金の半分をお小遣いにできる」としました。

上記1と2をくむ会わせながら、ある日はかなりお小遣いが貯まり、ある日は(飲む回数が多く)小遣いが少なく貯まる。
 そういう中で、ゲーム感覚で、減カフェインを進めました。


 結局、下記本の「罪悪感の章」に書いてある、お酒、たばこ、コーヒー、過剰なお菓子などやめてみたい習慣がある場合、自己コントロールができないという思い込みこそが、最大の、自己変革の障害なんだとすごくわかります。


 やめたい、と思っている以上、それに反する行為をとったら、どんな人でも多少辛いものです。むしろ、挫折感を感じて、「やっぱりオレは駄目なんだ」と思うことはとうぜんです。

 それを、ことさらに悪く感じさせるのは、「次は飲まないぞ」という、変な覚悟です。コレは自分を追い込むのです。
 むしろ、飲んでしまった、吸ってしまったその自分の辛さをおもんばかり、報酬を決めておいて、それを与えることの方が、遙かに長期的に見れば、全体として良好な方に進むと思います。

 上記私の例でも、コーヒーを喫茶店で飲んだ上に、さらに、その半額を小遣いとして自分に渡すのですから、ある時期は非常にお金がかかってしまいます。しかし、失敗時の報酬設定が適切であれば、本当に、お金も貯まり、カフェインも減らせるのです。
 罰を与えても、自己コントロール力は付かないというのは、よく言われることです。
 失敗したプレイヤーに、その失敗の小言と批判を言い続けてプレイヤーが上達するでしょうか?

 簡単ですが、奥深い思想があるように思えます。

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by nichinichiso | 2015-09-24 20:02 | 問題解決のヒント
file703 自己批判的思考は最終的に自分の価値を貶める
file703 自己批判的思考は最終的に自分の価値を貶める

 自分がどのような状態であっても、自ら批判的の的にすることは、それ自体が自分を辛くさせるという簡単な経験則があります。
 非常に不思議なのは、自己否定を続けても自分を尊重する気分にはつながらないだろうが、それをやめられないという、苦しい状態を自分に許してしまうことです。
 
 自分がどのようにへとへとになっても、労われる事態でこそあっても、非難されるべき事態では無いという発想に、うつ状態では切り替えることができず、行動も自分に癒やしを与えるものになりません。

 コレは、単なる決心では変えられない、根深い問題でもあります。
 それを変えるのが、系統的な前向きな自己評価システムを作ることです。


 他人が自分を批判するならまだわかりますが、それ以前に、自分が自分を批判し続けることは、他人にはどうしようも無いという点では、非常にやっかいな自己完結的な思考と感情と行動の仕組みがあるともいえます。

 たとえ他人が自分を批判しても、それはその批判した人が間違っていることがあります。
 同様に、自分が自分を批判し続ける場合、その批判もまた間違っていることがあると思いませんか?

 自分が不快な状況にあるとき、いったい何を自分につぶやいているのでしょうか?
 人によって状況によって違いますが、共通しているのは、自分の気分をことさらに悪く(無価値に)感じさせる態度と行動を自分に課しているのではないでしょうか?


 自分は間違っていると主張するとき、そう主張することに、どんなメリットがあるのかをよく考えて紙に書き出していくことは価値あることだと思います。

 人は、何でもできる、全能の生き物ではありません。
 家事をやり仕事をこなし、子供を育て、親の介護をして、自分の課せられた勉強をしながら、昇進試験を受けて、近所づきあいをして、休日は日本中を旅して、睡眠時間も短くて、友人とのつきあいも欠かさず、ユーモアのセンスにあふれ、運動にも秀でていて、文化的に高度で、語学も堪能であることは難しいことです。書いているだけで、息が詰まってきます。
 一つの道だけでも十分、価値あることです。
 もし、暗に、自分に全能の生き物であることを課していたら、苦痛にまみれた気分であり、無価値だと思っても、仕方が無いと思います。どんな人でも、そうあることを強要されたら、すぐ壁にぶつかり、早かれ遅かれ挫折してしまうでしょう。
 そんな時は、全能で無いことを許してみましょう。それは、ポジティブな発想では無いですが、事実に基づいた、考え方では無いでしょうか?
 スーパーマンでなくても、多くの人はそうですが、人生を楽しんでいるのです。


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by nichinichiso | 2015-09-19 19:34 | 認知行動療法(CBT)
file702 ダブルカラム法 批判-擁護 自己イメージとの関連
file702 ダブルカラム法 批判-擁護 自己イメージとの関連


簡単なCBTの技法に、トリプルカラム法があります。
紙に、日本縦の線を書き、左から 
1自動思考→2認知の歪み→3合理的反応

 と、埋めていきます。

もっと、私が好むものは、ダブルカラム法です。

コレは、用紙の真ん中に縦線を一本引き
2の歪みの形式を考えず、1→3と書くやり方です。


縦線の左側には、自己批判的(もしくは自動的)思考を書き、右側には擁護的(合理的)思考を書きます。

この方法がうまくいくと、かなり気分をコントロールしやすくなります。

自動思考と言われるものは、自己非批判的思考とも紹介されています。
そして、合理的思考は、自己擁護的思考とも紹介されています。

認知療法では、自分の行いに対する結果や過去の出来事に対する思考が、あまりにも自分を辛辣に扱い、批判的でありすぎ、さらに追い詰めるようなことを、瞬時に反復的に無意識で考えている傾向に着目しているように感じます。


そこで、難しいのは、自動思考(自己批判的思考)に対する、合理的思考(擁護的思考)が思いつかない。書けても、作文ライクであり、自分に落とし込めないものであることです。

 そこでの発想の一つは、「無理に元気になるような言葉を、考える必要は無い」また、大切なのは「真実・事実・客観性のあること・多くの人が納得する簡単な事実を認めるよう努力する」というものだと思うことがありました。(下記の本の中でも書いてあります)


例えば、就寝予定がが23時で、現在18時だとしたら、睡眠予定時間まであと5時間である。という自分の声かけは、真実であり、客観性の高い事実であり、誰もが、納得する考えです。また、自分でも、そりゃそうだ、と納得できるのではないでしょうか?

 それが、とても大切だと思います。

私の例では、

 <疲れているときに、昼ご飯をビール飲んで食べたらお腹が苦しくて不快である、だるくなったという出来事がありました>

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 1 自動思考
  何で、自分がよかれと思って休日にビールと、いつもよりかなり多い昼食を食べたら、苦しくなるんだ。あれぐらい食べららるはずだ。(→そう考えて苛立ちます)

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 3 擁護的思考
  ビール飲んで昼食食べたら、疲れている自分には優しいかと思ったが、むしろ胃腸には厳しい飲食だった。食べる量が多かった。(←これが、単なる真実なんだと思います)

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補足:
気分ががっかりしやすい人というのは、何らかの理由で、胃腸の限度を超えた飲食をしてしまったことを、ことさらに、食べる量の問題と捉えず、「オレはあれぐらい食べられない、弱い人間なんだ」「よく食べ、よく飲み、休日を満喫したいと思った目論見が外れ、自分は休日すらプランニングできない、能力の無い人物なんだ!」 と考えます。(私のことですが)

この補足にある部分が、感情を混乱させる一つ大元になっていると思えませんか?


 単に、疲れてたり、元々食の細い人が、多めの食事をビールの勢いで食べ過ぎただけなのに、その不快感故に、自分の休日の管理能力にまで、メスを入れて自分を評価することが、長期的に見て、いい物事の考え方でしょうか?

ちょっといつもと違ったら、自分に優しく、批判的にならず、まわりに良くあるものさし(常識とでも言いましょうか?)を利用して、自分へ声かけしてみるといいと思います。

 誰もが、自己イメージというものを持っています。自分はこういう人間だという、いい部分、悪い部分、衣食住および職業・休日・趣味・体力・気力・精神力・記憶力・学力…

 その自己イメージと、現実に起きたことが違うことは無いでしょうか?

 胃腸がこれぐらいでは悲鳴を上げないと思っていた自分が、疲れていると、食べられない自分になっていた。ということは、自己イメージの齟齬です。ただのズレです。

 それは、どんな人でもできないと思ったらできた、できると思ったらできなかった、という体験をします。

 それを、ことさら、自己批判的に捉えることは、辛いことです。長期的にも大きな損失になることが多いです。


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by nichinichiso | 2015-09-17 18:55 | 認知行動療法(CBT)
file700 うつ病でも、「怒り」は大変です。
file700 うつ病でも、「怒り」は大変です。

 「怒り」という感情は、非常にやっかいな部分があります。
 コレは、不正だ!という考えと基本的に対になっていますが、どんなレベルでの不正(法的、道義的、個人的)であっても、怒りを持続させることは、自分に苦痛を与え、惨めな気持ちを維持します。
 さらに、怒りを相手らに爆発させれば、後悔の念が押し寄せ、怒ってないようにないように振る舞っても、「怒っているいるから、こそそう振る舞っている」という自己矛盾を 抱え、怒りの感情に敏感になります。
 無力感や、自己充足感は、行動を変えていこうとする態度で、けっこうものに出来ますが。怒りは、除去する過程が非常に難しいものがあります。

 基本的には、怒り続けることのメリットデメリット分析や、怒りを除去することのメリットを考えてみるというのは
 バーンズ博士の本でも推奨されていて、役立ちます。


「怒り」がスーッと消える本―「対人関係療法」の精神科医が教える 単行本(ソフトカバー) – 2011/5/10
水島 広子 (著)


という本も読んでみました。

 対人関係療法という治療法の水島先生が書いた本です。

 けっこう怒りに特化している部分でCBTと同じような発想や、”feeling good”の第7章「あなたの怒り指数はいくつか」への考え方、と同じような考え方やもののとらえ方もありますが、日本人による著作のせいか、または、対人関係療法(IPT)ゆえのものなのかわかりませんが、新しいものの見方が出来る本だと思った、と思ったので紹介します。

 「怒りの型」という整理は気持ちがいいです
 1 予定狂いの怒り
 2 心の傷(心傷*)の怒り
 3 我慢の怒り

また、全体を通して、怒りの発生原因、継続原因、終了原因 と捉えられるような骨組みがあるように見受けられました。

 人はどのようにして、怒り出すのか?
 どうして、怒り続けるのか?また、再燃するのか? 手放せないのか?
 いつ怒りは終わるのか?どういう形で終わるのか? 

 問題解決と怒りは関係があるのか? 
本当に、怒るほどの実害があるのか? ある場合に、当該問題に加え、自分が怒りながら、その問題を解決するのは大変であるということも書いてありました。

 バーンズ博士の パニック(When panic attacks)の本(星和書店)にもありましたが、 怒り続けているので困るのは、怒りの相手ではなく、自分であるということも書かれていました。

 私自身、携帯電話を買い換えたときに、なにやら店員の説明間違い(確認済み)で、全く予想と違う契約を結んでしまいました。(予定狂いの怒り)
 これは、このところ考えたことも無いぐらい、いらだちました。
 また、この携帯電話1年使っても、解約に27000円もかかるらしく、もう、嫌でも使わざるを得ません。(使うべきと思いたくないのですが、すぐ解約すると40000円かかるらしいです)
 うんざりするような気分と、サポートセンターや、その代理店などいろんなところに相談しても、気持ちよい謝罪が無く、怒りが続いています。そんなときに、ネットで探して買って読んだ本です。
 せっかく買ったスマホも、見るたびにいやな気分になってしまいます。そうなる前に、読んでおくといいと思います。

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by nichinichiso | 2015-09-08 16:07 | ストレス源