カテゴリ:事故・事件( 3 )
file 375 私が最も死の危険を感じたとき
file 375 私が最も死の危険を感じたとき

私は、うつ病と診断されるまで、自分がうつ病だとはまったく知りませんでした。
しかし、その2年ほど前から、得体の知れない心身の不調がありました。

時系列で並べると

1 過敏性何とかという病名の付くだろう、下痢(怖くて、電車に乗れませんでした)
2 心臓がドキドキする不快感
3 学習したくても、なぜか机に向く気がしない
4 睡眠をとっても、まったく寝た気がしないという自覚が一回だけあった

これらが、時期を異にして、また同じくして、生じた心身の不調です。
私は、これらは、すべて、体の不快感として感じていました。つまり、およそ心の問題とはほとんど考えていませんでした。だから、うつ病だとはわからなかったのです。

うつ病だと納得して、本格的に治療し始めたのは、倒れたあとに病院にいってからですが、その契機となったのが、「死の危険を感じた一晩」があったからです。

薬を飲んで、3ヶ月寝ていたときの記憶はほとんどありませんが、その死の危険とその恐怖感は今でも忘れません。とても不思議です。


妻に、その時のことを、たまに話すことがあります。
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深夜に急に目が覚めた。
気づくと、自分の体の血管の中に、鉛でも流し込まれたような、苦しさだった。
そして、もっと怖かったのは、そのような苦しさは今まで生きてきて味わったことのない質であり、「耐えがたい」レベルであり、これより楽になるなら、死んでいいとおもった。
そして、その方法が頭を去来する。どうしたら、この苦しみから逃れることができるか、どうしたら死ねるかが、どんどんアイデアとしてわいてくる。
反面、「死んではならない」という、思いがあり、ここで死にたくないという思いもあった。

その2つの葛藤の中で、寝ることもできずに、布団の中で夜中を過ごしたことが、まさに地獄だった。

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私の場合、この翌日、土曜日だったのですが、何とか近場に住んでいた母に助けを求めて、病院を「自分で探して」、抗うつ剤と睡眠薬と、安定剤とかを飲んで死の危険を回避しました。

今思うと、自分が死ななかったのは、とても偶然だったような気がします。

たまたま、車で迎えに来てくれる、親がいたこと、連絡がついたことです。

もし、もう一晩これを繰り返せ、または、このような苦しみが何度も襲ってくるような状況にあったら、自分の命を維持することに自信はありません。今、本当にそう思います。

これが、私のうつ病史上、最も、死の危険を感じたときでした。

それ以来、死にたいと思うほどの苦しみは、味わっていません。それは、環境が整っているからなんだと思います。

薬、カウンセリング、妻の存在、生家との距離などです。

死にたいと思っていたときはどういう環境かというと、

薬→睡眠薬は飲んでいなかった。ドグマチールカプセルだけ、少し飲んだことがあるが、催眠療法家に、やめた方がいいといわれ、やめてしまった。

カウンセリング→何度か行ったが、やめていた。また、怪しい催眠療法かに数回催眠をかけてもらったこともあった(ある本に紹介されていたので、信頼して行ってみた)(この人に、抗うつ剤をやめた方がいいと指導され、そのとおりにした)。
生活エリア→一人暮らし
経済状態→不安定
両親との関係→最悪
両親間の不和→最悪
試験→失敗

というものでした。

つまり、自殺の危険を感じる瞬間というものは、あらゆる「マイナス」が重なりに、重なり合って、突如としてやってくるという私の体験です。
そして、その当時は、あらゆるマイナスの一つ一つが、そんなにたいしたことではないと、感じているので、問題解決が遅れるのだと思うのです。

例えば、私が、怪しい催眠療法家に会っていなかったら。睡眠の不調をもっと重視して、睡眠薬を飲んでいたら、「いかに自分が浅い睡眠になっているかを自覚できたんだと思うのです。
そうすれば、少なくとも、睡眠薬は、飲んでいたと思います。
数回通った精神科でも医師には、「眠れています」と報告していました。実際、中途覚醒など、まったくありませんでした。


ですから、自殺を100パーセント防ぐことはできないんじゃないかなあと、自分の経験からは思います。
しかし、私は、あのような自分の体験からして、死ななくてよかったと「うつ病が治ってなくても」思います。

もし死んでいたら、どう思っていたかは、もうわからないことです。当たり前ですが。

また、あのような苦しみが、何度も襲ってくる体験も、避けたほうがいいことだと感じます。
つまり、死なないですんだかも知れない人が、死んでしまったということが、あるのではないかと思うということです。それは、とても残念なことだと思うのです。

関連記事:
オーソドックスなものを基本にする理由
http://nichinici.exblog.jp/1644080/


閲覧ありがとうございます
2006年 03月 18日
http://nichinici.exblog.jp/3018580/

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by nichinichiso | 2006-03-24 18:40 | 事故・事件
ちょっと休みます。
のどが痛くなりました。タバコをすうので、治りにくいです。
ちょっと休みます。
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by nichinichiso | 2005-12-20 20:35 | 事故・事件
幼少期から家庭がストレス生成の場所である場合
うつ病に至るには、20年近くかかったが、その背景には、まず「幼少期からの家庭の事情」が大きく関わっている。

うつ病になるためには、強いストレスに長時間さらされる必要があると思う。
それが自分の場合には、職場でもなく、学校でもなく、家庭にあった。

青年期の学校、成人期の職場で、良くストレス報告があるが、通常の人間でも、ストレスを感じることを意味している。

そのストレスの解消、または癒しが起きる場所が通常、生活の本拠としての「家庭」である場合が多い。

しかし、私の場合には、家庭内で、不登校の兄弟や、酒飲みの父親、無関心な母親など、かなり問題を抱えた個人が存在していたため、長男の自分は、心休まる場所でなく、家族問題の解決を試行錯誤する戦場としての「家庭」という、かなり無理のある生活を25年ほど続けていた。

もしそのような環境に、今でもいらっしゃる方がいたら、まず事件の起きていない、安全な場所に避難することが、最も重要なことであるとアドバイスしたい。
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by nichinichiso | 2005-09-29 16:52 | 事故・事件