カテゴリ:感覚の再構築( 4 )
file514 上限を意識しながら、1食を食べる。
file514 上限を意識しながら、1食を食べる。

栄養療法では,食事の頻度を4-6回に分け、少量づつ食べていくことを指導されます。

ご飯・パンは原則禁止のため、おかずだけの食事になります。

その1食は、ゆっくり食べていくことが、ルールになっています。(ゆっくり食べるための工夫についてはこちら→file 512 食事速度を遅くするための方法(血糖値上昇抑制のため)http://nichinici.exblog.jp/7204113/

血糖値の上昇は、食べ物の種類(血糖値をあげやすい食材、上げにくい食材)に影響を受けますが。食べる量でも影響を受けます。

私が、ここ1週間ほどで感じはじめたのは、4回食べている食事の1食の量が、多すぎるのではないか?ということです。

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どうしても、栄養不足、または、微量栄養素の不足が解明されてくると、勢い、もりもり食べようという気持ちになってしまいます。(どんどん食べて、どんどん治ろうみたいな気持ち)
そして、実際に、もりもりおかずを食べてきました。また、多少お腹がいっぱいでも、無理して食べてきていたようです。

どうせ急激に血糖値をあげるような食材は食べていないし、野菜とかなんていくら食べても問題ない、と思っていました。
また、ご飯も食べていないのだから、その分、おかずを多く食べなくてはならない、とも思っていました。


ところが、量が多すぎて、食後の血糖値上昇が急激になりすぎていたようです。(実際に測定したわけではないので、正確ではないかもしれません。)


結論は、

食事をゆっくり食べていく途中で、「これ以上もう食べない方がいいな」、と思ったら(感じたら)、皿の上に、食事が残っていても、すぐに食べるのを中止することも試してみる価値があるということです。

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実際、その感覚で食事を切り上げると、食後の感覚・感想は「少し物足りないかな」という気分もあります。しかし、20分もたつと、特に気にならなくなります。(食後の片付け、散歩などしていれば、それぐらい時間がたちます)

その「これ以上食べない方がいいな」という感覚を非常に重視して、すぐに食べるのをやめると、1日が、比較的楽にすごせるようになりました。



さらに、これができるようになると、今度は、「間食を摂ったほうがいいかな」(血糖値維持のため)という感覚が生じてくることがわかりました。
そのタイミングで間食を摂ると、かなり効果的なことがわかってきました。


まとめ:

 血糖調節異常(低血糖症)の対策として、食材の選択も大切だが、食べる量を知る感覚をもてるようにする。

また、血糖値を下げないように食べるタイミングを知る感覚を養うことは、非常に大切である。

そのためには、ゆっくり食事をしながら、身体的な感覚で、中止すべきだと感じたら(私の場合、特に舌の感覚が変わります)、即中止することにする。皿にのっているからとか、外食で出てきた量だからということで、全部食べなくてはならないと思わないよう心がける。

間食感覚も育てていくことを心がける。
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by nichinichiso | 2008-02-14 18:23 | 感覚の再構築
file 424 快の刺激の基準を作ってみる
file 424 快の刺激の基準を作ってみる

うつ病が精神疲労のきわみで生じる出来事であるとすると、休息を阻害する要因を除去することと、休息自体を味わう時間の2点は、同時に用意しなけらばならないように、私には思えます。

1 休息阻害要因の除去(快適環境、快適関係)
2 休息を味わう自分作り(感覚の再構築)

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今回問題にしたいのは、2の問題です。

十分に安全な場所で、快適な場所で、ストレスもおよそなくてもいいように一般的に思われる場所と時間が、目の前に用意されたとして、そこで、自分自身が、休息を味わい、疲れを取ることが出来なければ、問題の解決は遠のくことになります。

一般的に、風呂に入る、寝る、横になる、というのは、休息に当たると思います。

ストレッチや、指圧、そのほかのいわゆるリラクゼーション法に「よる刺激」も休息を促進させるものだといわれます。

しかし、自分自身にそれらの刺激を受け取るセンサーがなくては、効果が半減するように思います。

そのセンサーを作り直したり、回復させようという試みが、自分にはあります(感覚の再構築)。

そこで、私が行なっている、方法をご紹介します。

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方法

1 休息環境を整える
2 自分の指などで、気持ちよさそうな部分ををおしてみる
3 気持ちよかったら、これを「快刺激1}と認定する。
4 さらに同様の場所を、異なる力で押してみる。(刺激の質を変える)
5 3と異なる感覚が生じ、かつ気持ちよさに深まりを感じたら、「快刺激2」と認定する。
6 以下同様に、刺激の質(力加減)をかえて、快刺激の変化を認定していく・「快刺激3」「快刺激4」・・・

7 始める前との違いを検討する。

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これは、例えば、肩を押すと気持ちいい場合に、その気持ちよさには、いろんな気持ちよさがあることを、実感として学んでいこうという、目的があります。

そうすると、休息の恩恵を、十分に享受できるのではないかと思うからです。

さらに、自分の感覚の、広がりを学ぼうということにつながります。

刺激の質というのは、湯船に入ったときの風呂の温度を徐々に変えていくこともできますし、し、ストレッチなどでもできます、また動作法でもできると思います。手を握ったり、開いたりして気持ちよければ、それで応用することもできます。なんでも、気持ちいいものであれば、応用できることです。


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関連記事:
file 352 感覚の再構築 http://nichinici.exblog.jp/2531130/

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by nichinichiso | 2006-08-22 20:22 | 感覚の再構築
file 405 特定の感覚と一対になる
file 405 特定の感覚と一対になる

うつ病の本体は、疲労であるとすると、うつ病を患っている場合には、疲労がたまっているということになります。
では、その疲労自体は、自覚できているでしょうか。

私は、うつ病と判断されてから、「具体的に何がどのように疲労しているのか?」ということに無関心でした。

自分がどのように感じているとしても、もし、疲労していることが客観的な指標でもし明らかになったとした場合、それを自覚できていなかったら、ことは複雑になっていくとおもいます。

なぜなら、「実は疲れているのに、疲れていると感じない」(疲労感の欠如)からです。

疲れていないと感じているいじょう、それ相応のことができると未来を予想するでしょうし、それ相応の行動をとるのが、当然だと思います。
しかし、実際には疲れているならば、予想したとおりにことは運ばないし、行動の継続も困難になると思います。

そうすると、何が起きるかというと、私の体験からは、「パニックになる」ということがあります。

何で、こんなに不快なのか、悩みらしきものがグルグル頭をめぐる、のか分からない、なぜこう苦しいのか分からないからです。それは、その自覚がない以上、当然のことだと思います。

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そこで、私が、やっていることは、感覚の一つ一つを、とりあえず自覚してみるということです。

感覚は、生理学的には20種類ほどに分けられるようです。
その感覚のいくつかは、疲労を感じられるんではないかと思います。

例:筋肉が疲れた・胃が疲れている・眼が疲れた・・・

20種類全部で疲労を自覚するセンサーが付いているかは、私にはわかりませんが、それらを総合的に敏感にして、疲労を全体として捉えてみたいという、発想が私には生じてきました。

実は、下園氏の本の中では「精神疲労」という私には謎の言葉(file 381 自力と他力の線引きと活用 http://nichinici.exblog.jp/3166578/  参照)が使われていますが、私は、もっと広く疲労(肉体疲労、感覚の疲労も含めて)考えてみようとしています。

なぜなら、精神疲労というものは、実は肉体が疲れていることも多少は、影響を与えるかもしれないと思うからです。

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用意するもの: 入浴環境・手おけ
手順:
1 できれば湯船につかる
2 左腕を、湯船から出して、右手に手おけをつかむ。
3 手おけに湯を入れて、左腕にかける。
4 腕に湯をかける前と、かけている間を比較する。(温度感覚・落ちてくる水の圧力)
5 かける前と、かけている間に感覚を集中する。それ以外のことを考えない。何かが違うはずなので、その何かを体験として理解する(感覚と一対になる)

6 左右逆にして試す。
7 いろんな場所で試す。
8 評価する(良い・悪い・どっちでもない)
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この感覚と一対になる体験というのは、私は重要だと考えています。
感覚は、肉体の期間の問題ですらから、ご自身の肉体と向き合う契機(きっかけ)を持ち、さらに何かいい効果を引き出そうというための、原始的な方法だと考えます。

ですから、どのようなことをなさっていても、身体環境と一対になることはできるかもしれません。

そうすると、何をどの程度すると、身体がどう変化(疲労)するかを知ることにつながる気がします。
例えば、パソコンの画面を長時間見ていると、姿勢がどう変化していくか、疲れているとどう姿勢が変化するか、ということを体験で知るということになります。

さらに、ジョギングをしたら、心臓の拍動と一対になるということもできます。いろいろ周りを見て走ったり、考え事をして走ったり、悩みながら走ったりすることもできますが、心臓の鼓動と一対になって走る(心臓になりきる)体験もやろうと思えば、それほど難しくないかもしれません。

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このような方法は、私が、勝手に行なっていることですが、非常に、原始的なものです。
しかし、私には、必要だと感じます。
なぜなら、疲労感覚を正す必要があり、そのためには、感覚の再構築が必要と感じるからです。
み事や、緊張ごと、があると感覚を無視することも時として、有効だと思いますが、それが長引くと、体を壊す気がします。

関連記事;
file 401 作成中 内の図 http://nichinici.exblog.jp/3415872/

file383 主観が駄目なら、客観でいく http://nichinici.exblog.jp/3215432/

file 361 私の問題意識 http://nichinici.exblog.jp/2648507/←問題意識「6」で関連

file 352 感覚の再構築 060120 http://nichinici.exblog.jp/2531130/
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by nichinichiso | 2006-05-24 09:03 | 感覚の再構築
file 401 作成中

file 401 作成中
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by nichinichiso | 2006-05-12 15:26 | 感覚の再構築